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合意内容を大統領令で明確に示すことを望む日本政府

ラトニック米商務長官は25日に、日本からの総額5,500億ドル(約81兆円)規模の対米投資を含む日米間の関税合意について、週内に発表される見通しだと明らかにした。
 
日本政府は合意の実施を優先するため、これまで合意文書を作成しない方針を示していた。しかし先週ラトニック商務長官が、合意に関連する文書が数週間以内に公表される見通しだと発言していた。その公表時期が前倒しされるようだ。
 
欧州連合(EU)と米国は8月21日に自動車関税の引き下げ条件などを記した共同声明を公表した。EUよりも前に関税協議で合意に達した日本は、自動車関税の引き下げ時期などがまだ確定しておらず、EUに劣後している。日本政府は、自動車関税を25%から15%に引き下げる大統領令をできるだけ早く発令するように、トランプ政権に働きかけている。また、合意したものの相互関税の大統領令には記載されなかった、既に関税がかかっている品目についての15%の相互関税の扱いについても、EUと同様に大統領令の中で改めて明記されることを望んでいる(コラム「新たな相互関税の発効後も大きな混乱が続く」、2025年8月7日)。
 
さらに、米国とEUとの共同声明では、トランプ政権が導入を検討している半導体や医薬品、木材への分野別関税について、EUへの適用税率の上限を15%とすると記された。日本はEUと同様の規定を日本に適用することを明確化することを望んでいるだろう。文書は正式な合意文書ではなく覚書のようなものになるとみられている。

日米で大きく食い違う5,500億ドルの対米投資計画の枠組み

このように、米国との間の合意を共同声明のような形で文書化し、合意内容を明確にすることは日本政府としてもメリットがある。ただし、文書化を日本政府に呼びかけたのはトランプ政権であり、その意図は良くわからない。
 
トランプ政権の狙いが、総額5,500億ドル(約81兆円)規模の対米投資計画の枠組みを明確化することにあるのであれば、それは、日米間で意見が食い違い、齟齬が生じていることを懸念しているためではないか(コラム「日米関税合意とホワイトハウスのファクトシートの問題点」、2025年7月25日、「『対米投資5500億ドルで米国が9割の利益を得る』の意味は未だ不透明:正式な合意文書の作成が求められる」、2025年7月28日、「日米で大きな認識のずれを残す日米関税合意と5500億ドルの対米投資計画」、2025年7月30日)。
 
日米合意の中でもこの投資計画は、日米双方の意見が最も食い違っている。トランプ政権は、日本が5,500億ドルの資金を提供する一方、それは米国の製造業の再生と拡大のためにトランプ政権が主導して投資先を決めることができると説明する。また、投資による収益の9割は米国に帰属するとしている。
 
日本政府は、これは日本企業が対米投資をする際に政府系金融機関が出資・融資・融資保証でそれを支援する枠を5,500億ドルに設定する一方、全体の1~2%程度と見積もられる出資部分に見合った収益の9割を米国が得る、と説明している。両国は、全く別の枠組みを説明しているかのように、非常に大きく食い違っている。
 
仮にトランプ政権が自らの主張に沿った内容を文書化しようとするのであれば、それは日本政府としては受け入れ難いだろう。仮に受け入れれば、国内で大きな問題へと発展する。そうした議論の過程で合意に対する両国の認識の違いが露呈されれば、日米合意は白紙に戻される可能性もないとは言えないだろう。
 
仮にそのような事態になるとしても、この時点で両国の合意を明確に文書化することは重要なことであり、そうしなければ、将来により大きな禍根を残すことになるだろう。
 
(参考資料)
「対米投資含む日米間の合意、今週後半に発表-ラトニック米商務長官」、2025年8月26日、ブルームバーグ
「米関税「誓約書」、EU先行 日米合意1カ月、下がらぬ税率 車は1日の負担30億円」、2025年8月23日、日本経済新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。