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各国での家計・企業への支援策

イラン情勢を受けて各国では、原油不足・原油価格上昇の対策が講じられている(図表1)。対策は、①家計・企業への支援策、②供給面での対策、③需要抑制策に分けられる。
 
日本で言えば、①家計・企業の支援策は、ガソリンなど燃料価格を安定化させる補助金政策、②供給面の対策は、石油備蓄の放出、原油・ナフサなどの代替ルートでの調達拡大、石油製品の流通段階での目詰まり対策だ。他方、③需要抑制策については日本では講じられていない。
 
・燃料価格の上限設定:14か国
・燃料補助金:9か国
・エネルギー関連税の減免:27か国
 
これら以外にも、低所得者、農業、物流向けの支援を行う国が多数ある。スペインでは減税措置が講じられている。
 
図表1 主要国の原油不足・原油高対策比較

各国の供給面での対策

IEA加盟の32か国は、2026年3月11日に計4億バレルの石油備蓄を市場に放出することで合意した。4億バレルは世界の石油需要の約4日分に相当する。これは、ホルムズ海峡の機能低下などによる短期的な供給不足と価格高騰の緩和を目的とするもので、IEA史上最大規模の協調放出であった。日本はこの協調放出で約8,000万バレルの石油を放出した。
 
日本政府は、これに加えで独自の石油放出策を3月11日に打ち出した。民間の義務備蓄日数を70日分から55日分へと暫定的に縮小し、民間在庫を速やかに市場へ供給することを可能にした。さらに、国家備蓄についても、3月に1か月分の放出を決め、5月上旬以降に新たに約20日分を放出するという方針を示している。
 
それ以外に日本政府は、封鎖状態にあるホルムズ海峡を経由しない代替ルートを通じて原油やナフサなどの調達を拡大している。政府によると5月にはイラン紛争前の60%程度の原油の調達、4~6か月分のナフサの調達に目途が立ったという。
 
また、日本政府は、石油製品の流通段階での目詰まりや偏りへの対策を行っている(コラム「石油製品の流通の目詰まりはなぜ生じたのか」、2026年4月20日)。これも供給面での対策だ。

各国の需要抑制策

IEAの「エネルギー危機対応トラッカー」によると、4月初旬時点で各国では以下のような需要抑制策が講じられている。
 
・在宅勤務の奨励・義務化:11か国
・車両使用制限・速度制限・燃料配給:18か国
・政府職員の出張(航空・自動車)の制限:11か国
・エアコン利用温度の制限:5か国
・学校の休校・開校時間短縮:5か国
 
またIEAは、独自に10の需要側対策を提唱しており、各国がこれらの施策を導入すれば、世界全体の原油需要を日量数百万バレル規模で削減することが可能、と説明している。
 
・在宅勤務(テレワーク)の推進
・高速道路の制限速度を最低10km/h引き下げ
・公共交通機関の利用促進
・都市部でのナンバープレート規制(奇数・偶数制)
・相乗り+エコドライブ
・商用車・貨物輸送の効率化
・航空機利用の抑制
・石油化学原料の柔軟な切り替え

日本は需要抑制措置を講じていない例外的な国

日本でも1970年代の第1次オイルショック時には、以下のような需要抑制措置が実施された(コラム「電力・ガソリン消費の自粛要請へ:迫るタイムリミットと電力利用規制が行われた場合の経済への影響」、2026年4月6日)。
 
・日曜日の自家用車利用の自粛(サンデードライビング自粛)
・高速道路での低速運転の推奨
・暖房の設定温度の引き下げ(省エネの象徴的行動として実施)
・不要不急の照明・電力使用の削減(ネオン・看板照明含む)
・深夜のテレビ放送自粛
 
しかし、現時点では、日本政府は明確な需要抑制措置を講じていない。規制措置を実施していないばかりでなく、ガソリンなど燃料や電気の利用を抑制するよう国民に呼びかけることも実施してない。これは、主要国の中でも例外的である(図表1)。
 
2026年4月27日の参院予算委員会で、野党議員から「電気や燃料の節約を呼びかけるべきではないか」と問われた際に高市首相は、「私は経済活動も社会活動も、今止めるべきではないと思っている」と答弁した。
 
強力な規制措置でなく電気や燃料の節約を呼びかける緩やかな措置だけで、経済・社会活動が止まるとは信じがたいが、高市首相が需要抑制措置に慎重な姿勢を崩していないのは、経済的理由以外に以下の2つの理由があると推察される。
 
第1に、政府の自粛要請が国民の間にパニックを生み、原油関連製品の前倒し購入などを引き起こせば、供給不足と価格高騰に拍車をかけてしまうことを恐れていることだ。1970年代の第1次オイルショックの際には、政府による紙の節約の呼びかけがトイレットペーパーの買い占め騒動のきっかけとなったとされることも、政府の姿勢を慎重にさせているのではないか。


第2に、国民に自粛を呼びかけると、コロナ禍の時と同様に、政府が国民からの批判に晒され、支持率の低下を引き起こす可能性を警戒している可能性があるだろう。

代替ルートでの原油調達に危うさ

また高市政権は、現時点で需要抑制措置を講じる必要がない理由として、既に見たように、当面必要な原油供給は代替ルートでの調達の拡大を通じて確保できており、また、石油備蓄も十分な水準があることを挙げている。
 
しかし代替ルートでの原油調達は、それほど確かなものではないだろう。高市政権は、5月にはホルムズ海峡を経由しない代替ルートでの調達によって、必要な原油の60%程度を確保できる目途が立った、と説明している。代替ルートでの調達の国別内訳は示されていないが、米国からの輸入が15%程度であり、それ以外の相当部分は中東からの輸入と推察される。
 
中東からの輸入でホルムズ海峡を経由しない代替ルートは主に2つ考えられる。第1は、紅海沿岸のヤンブー港からだ。サウジアラビアの東部の油田から西部のこのヤンブー港まで、全長1,200キロメートルのパイプラインで原油が送られる。サウジアラビアは原油の多くをペルシャ湾沿岸のラスタヌラ港から輸出してきたが、イラン紛争後は、このパイプラインを使ってヤンブー港からの輸出を増やしている。
 
もう一つの代替ルートは、アラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ港(Fujairah Port)が利用される。フジャイラ港とはUAE東部・オマーン湾(インド洋側)に面した港湾で、ペルシャ湾の出口であるホルムズ海峡を経由せずに利用できる大型港だ。アブダビの油田とつながる 「ハブシャン–フジャイラ原油パイプライン(ADCOP)」がこの港に直結している(コラム「原油の国家備蓄放出を開始へ:ホルムズ海峡を経由しない原油調達ルート拡大への取り組み」、2026年3月25日)。
 
しかし、両者共に、パイプラインや港が軍事攻撃の対象となれば、原油の調達は一気に停止してしまう。安定した代替調達が確保できたわけではないのである。

石油備蓄の枯渇シミュレーション

ホルムズ海峡の封鎖状態が続く中、国内での原油供給はホルムズ海峡を経由しない代替ルートでの調達と石油備蓄の放出の2つの手段で行われている。代替ルートでの調達を拡大できれば、その分だけ、石油備蓄の放出を抑制することができ、需要に見合った原油の供給ができなくなる時期を先送りすることが可能となる。
 
以下では、ホルムズ海峡の封鎖状態がなお続く中、石油備蓄の放出によって従来の水準の原油供給がいつまで維持できるかについて、シミュレーションを行った。
 
シナリオは3つである。第1は、5月に代替ルートを通じて従来の60%の水準の原油が調達され、6月以降はその水準が維持される「標準シナリオ」だ。第2は、今年8月までに従来の75%の水準まで調達が拡大し、その後は同水準が維持される「楽観シナリオ」だ。第3は、今年9月までに従来の25%の水準まで調達が縮小していき、その後は同水準が維持される「悲観シナリオ」だ。
 
石油備蓄が枯渇するのは、標準シナリオでは2027年10月、楽観シナリオでは2028年7月、悲観シナリオでは2027年3月という結果となった(図表2)。
 
図表2 石油備蓄の枯渇シミュレーション

需要抑制策の段階的な導入が必要

石油備蓄の枯渇が視野に入ってくれば、政府は燃料、電力の需要について、厳しい規制措置を講じる必要が出てくる。例えば、第1次オイルショック時には契約電力500kW 以上の大口需要者に対して、使用電力量の 15%の削減を義務付けた。仮に同様な措置が実施されれば、実質GDPは1年間で0.94%押し下げられ、日本経済は深刻な景気後退に一気に陥ることが見込まれる(コラム「第1次オイルショック時と同様の電力使用規制が行われた場合の影響を試算:実質GDPを0.94%押し下げ」、2026年3月27日)。
 
さらに、石油備蓄が完全に枯渇してしまえば、代替ルートで調達できる原油供給に見合う水準にまで、需要が強制的に削減されることになる。例えば、標準シナリオのように代替ルートでの調達が従来の60%の水準の場合には、原油の需要は従来の水準から40%削減される必要が生じる。それは、我々の生活の質を大きく低下させ、経済活動の大幅な縮小を余儀なくするはずだ。
 
現在のイラン情勢のもとでは、こうした未曾有の事態が起こる潜在的な大きなリスクがあるのである。それが現実のものとなる時期を一日でも先送りするためには、原油の供給面での対策のみに依存せず、需要抑制策も合わせて進める必要があるだろう。
 
まずは、電気や燃料の節約を呼びかける緩やかな措置から始め、原油の代替ルートでの調達や石油備蓄の残存状況などの状況を見ながら、必要に応じて段階的に措置を強化していくことが求められる。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。