サーキュラーエコノミーの実現に向けて、資源をライフサイクルにわたって最大限活用することが求められている中、これまでの製造業と循環産業が分断したリニアエコノミーでは、循環にかかるコストが再生材価値を上回ることで資源性があったとしても廃棄せざるを得ない状況が発生している。これに対し、製造業において培われた技術を自動車リサイクルに活かす新たな取り組みが進んでおり、新たな付加価値が生み出されようとしている。
1.リニアエコノミーの延長線上で実施する資源循環の限界
欧州では廃自動車(ELV)規則が2026年初頭に正式採択が見込まれており、自動車製造における再生材利用が義務化されようとしている。まずはプラスチックの再生材使用率について、採択から10年の間に段階的に25%の実現と、最大でそのうちの1/4にあたる6.25%を廃棄自動車由来の再生材(Car to Car再生材)とする目標が掲げられている。Car to Car再生材の目標を設定することは、自動車リサイクルにおける循環の促進・高度化に寄与すると同時に、他産業と比べて再生材使用量が多い自動車製造において、廃自動車以外に由来する再生材(X to Car)の使用量を抑えることで、他産業での再生材利用増・需給バランスへ配慮するものである。
国内に目を向けると、自動車リサイクル法では、解体業者や破砕業者が破砕残さ(ASR)になる前にプラスチックやガラスを回収した場合、事業者へ経済的インセンティブとして付与する制度が2026年4月から開始する予定である。本来ASRになるであろう重量が減量されることから、その減量分に相当する再資源化費用(ASRリサイクル料金)が原資となっている。また、資源有効利用促進法でも、製品の生産量が一定規模以上の製造事業者等に対して、再生資源(リサイクル材)の利用に関する計画の提出や定期報告が義務化される予定であり、自動車・部品メーカが対象となっている。
環境省が主催する「自動車再生材コンソーシアム」は「2030年までにCar to Car再生材が2.1万トン必要」と試算しており、海外・国内のいずれも、自動車製造において再生材利用の拡大が必須要件となっている。特に、Car to Car再生材の確保にあたって、自動車リサイクルプロセスでは、破砕後の選別技術に取り組むだけでなく、破砕残さになる前に部品レベルで樹脂を回収する取り組みの強化が求められている。
一方で、自動車リサイクル法のインセンティブ制度で対象とするプラスチックは、当面ポリプロピレン(PP)を原料としているバンパーと内装材が対象となっている。ただし、バンパーには塗装や無機物等が混在しており、物性や意匠性が重視される用途には不向きであったり、内装材は自動車組み立て工程における接合に伴う異物(ビス、接着剤、緩衝材など)の除去工程が手間となるなど、利活用法や回収量拡大において課題も残っている。
また、プラスチックのうち、PP以外のポリスチレン(PS)、ポリウレタン(PUR)や、素材の価格が高いエンジニアリングプラスチックであるポリアミド(PA66・PA6、等)など、再生利用が手つかずの材料も多い。更に、再生利用はプラスチックのみならず、アルミ・鉄といった金属に波及すること(欧州ではAutomotive Circularity Platformにおいてアルミや鉄の水平リサイクルに向けたトライアルが行われている)が見込まれているが、技術・コストの両面から現状の一般的なリサイクルプロセスでは限界にさしかかっている。
2.一般的な自動車リサイクルプロセスと精緻解体の必要性
以下は現在の国内の一般的な自動車リサイクルプロセスである。
解体
自動車リサイクル法で回収が義務付けられているエアバッグ・フロンの処理・回収と危険物であるガソリン・電池等が除去された後、エンジン・モーターなどの大型部品や中古部品として販売が見込まれる部品の取り外しが行われる。今後はインセンティブ制度の対象であるバンパー・内装材などの樹脂部品やガラスの回収が行われる。
ニブラ解体・プレス
有価性が高い触媒や鉄のリサイクルを阻害するハーネスなどをもぎ取り、解体で取り外されなかったプラスチックなどを巻き込みながらプレスされる。
破砕・選別
プレスされた車体を破砕機に投入し、磁力・風力・液比重など素材に応じた物理的な選別が行われている。
このように中古部品販売以外では、自動車に占める重量が多く単価が高い鉄・アルミ・銅といった金属回収を主眼においたものであり、現状のプロセスではプラスチックのCar to Carリサイクルを行うための品質を満たせていないことが分かる。そのため、プラスチックのCar to Carリサイクル、あるいは鉄・アルミなどの再生材原料(再生材に加工する前の原料)の回収において品質(純度など)と量を高めていくには、以下のような精緻な解体に資する取り組みが必要となる。
- 解体においてこれまで以上に多くの部品を取り外す
- 部品における結合(締結・接着・溶接など)を分離し、リサイクルにおける不純物の原因を取り除く(単体分離)
更に、上記のように精緻に解体し、回収された原料について、信頼性をもって再利用するためには、後述するトレーサビリティ管理などのデジタル利活用も必要になる。
3.精緻解体が目指すものと付加価値の変化
解体を中心とした精緻なリサイクルプロセスの構築については、海外ではルノーと提携しているIndraや国内の一部リサイクラが取り組んでいる。また、精緻解体は、自動車ビジネスの変化と共に再生材利用にとどまらず、部品再利用といった製品等のライフサイクルにわたる利用の最大化に寄与し、サーキュラーエコノミーの実現を後押しするものである。
国内では一部リサイクラが手作業による精緻解体ラインの構築と手順をマニュアル化し、同業他社でも同様に取り組める仕組みを構築しているが、規模は大きくない。また、精緻解体の実現に向けて自動化技術や再生技術の開発・社会実装に取り組みとして「BlueRebirth協議会」が2025年6月に設立された。同協議会は自動車部品メーカであるデンソーが開発主体になって製造業の技術を循環で活かす取り組みであり、これまでの手作業では実現し得ないロボットによる精緻解体を通じて単体分離された再生原料の回収を短時間で行うことを目指している。更に、全ての工程は記録され、再生原料のトレーサビリティ管理も実現できる見込みである(手作業の場合、トレーサビリティに必要とされる記録・管理も手間・コストの面で大きな課題である)。
欧州では精緻解体は再生材利用に留まらず、ルノーは関連企業である「The Remakers」を2024年に設立し、回収した部品の再利用(リマニュファクチャリング)にも取り組み始めている。欧州自動車大手のステランティスでも同様の取り組みをイタリアのトリノにて実施しており、「SUSTAINera Circular Economy Hub」を2023年11月に開設し、自動車に関する総合サービスとして、自動車整備・部品リマニュファクチャリング(ステランティスのアフターセールス部品と同じ性能を保証)・中古部品販売・自社用再生材の回収といった、自動車の付加価値を最大限引き出す取り組みに力を入れており、サーキュラービジネスとして収益化も見込んでいる。
こうした動向から、精緻解体の実現による自動車リサイクルの付加価値の変化としては、以下が挙げられる
- 再生原料の多様化
PPだけでなく、ASRの主要な構成物であるウレタンや価格が高いエンジニアリングプラスチックなど、幅広い再生原料が回収対象となる - 水平リサイクルの実現
一般的なCar to Carリサイクルでは、元の用途と同じ部品に再利用することは難しく、自動車部品の中でも人目に付かないような部品や性能に影響しにくい部品に限って利用されているが、部品から回収した再生材を同一部品に再利用できる可能性がある(特にエンジニアリングプラスチックなど、価格が高い素材は経済的なメリットも創出しやすい)。 - 再生履歴の管理による長期的な循環の実現
再生原料や回収部品のトレーサビリティ管理により、製造された自動車のどこに、どんな再生材・部品が使用されているかが把握できることで、リマニュファクチャリングされる部品の寿命管理や、次の循環(再生材が使用された自動車がELVになる約20年後)において材料の品質が把握しやすくなり、より高い再生材利用の目標実現に資することができる。 - モビリティサービスにおける循環サプライチェーン形成
自動車のモビリティサービス(サブスクリプションやフリートによる移動の価値提供)において、部品の再利用(リマニュファクチャリング)を含む循環サプライチェーンの形成は、自動車の部品・素材の耐久性を最大限利用することに有効であり、循環の経済性を高めること繋がる。
4.デジタル利活用のユースケース構築と自動車ビジネスにおけるサーキュラー実現
これまでに、精緻解体を起点に再生材利用や部品リマニュファクチャリングの拡大など、自動車サーキュラービジネス拡大の可能性について触れたが、これらの実現においてデジタル利活用のユースケースの構築が必要不可欠であり、以下に3つのユースケースを例示する。
1)製造業→循環産業
製品・部品の構造に関する情報だけでなく、製造で培われた材料加工技術や部品組立・製品組立に関わる接合・締結など製造技術・ノウハウに係る情報連携により効率的な精緻解体や自動化に資することが期待される。更に、自動車の使用状況に応じたリマニュファクチャリングの対象部品管理(寿命・残存価値に応じた再利用可否の判断など)、素材組成に応じた再生原料の品質管理が可能となる。
2)循環産業→製造業
解体や破砕・選別の再生工程におけるトレーサビリティ管理により再生部品・再生原料・再生材の品質均一化や供給量の拡大につなげる(利用と供給の双方で必要な品質と量が可視化され、利用しやすい状態となる)。
更に、トレーサビリティ情報を使ったインフォマティクス(製品情報と再生工程をデジタルでシミュレーションし、再生部品・再生原料・再生材の品質を予測、あるいは再生工程をコントロールするなど)により、これまでの循環における品質測定・検査など信頼性担保にかかるコストを削減する。
3)再生材・再生部品を使った製品設計→製造
再生履歴管理と精緻解体との組み合わせにより、上記①の循環産業からの情報により再生材・再生部品を利用しやすい仕組みの構築と並行し、再生にあたっての課題やニーズが製品設計に反映されることで、サーキュラーエコノミーに資するライフサイクルエコデザインの実現に繋がることが期待される。
今後、再生工程の可視化と製造プロセスの融合が進むことで、Car to Car再生利用の拡大と同時に、製造業にとって循環は「再製造の一部」であり、「加工プロセス」であると認識されることで、循環において更なる製造技術やデータの利活用が進むことが期待される。自動車リサイクルは自動車ビジネスにおいてコストではなく、効率的なサプライチェーン形成の重要な要素となる。
プロフィール
-
樹 世中のポートレート 樹 世中
エネルギー産業コンサルティング部
-
鈴木 颯人のポートレート 鈴木 颯人
エネルギー産業コンサルティング部
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。