&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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はじめに

本連載の第1回では、デジタル化プロジェクトを進めていくにあたって直面する問題とそれを解決するためのデジタル化推進ガイドの全体像について紹介しました。第2回から第6回では、デジタル化プロジェクトで直面する5つの主要課題を取り上げ、具体的な解決方法を解説していきます。

第5回では、各工程を進めていくにあたって、Stop&Goを適切に判断してプロジェクトを進める意思決定基準について解説します。

デジタル化プロジェクトにおける意思決定の難しさ

デジタルサービス開発における意思決定には、大きく2つの課題が存在しています。

課題1:適切なタイミングで意思決定できていない

デジタル化プロジェクトは迅速・都度の意思決定を必要としていますが、多くの企業ではこのプロセスが未整備であるため、リリースの直前に設定された意思決定で大きな手戻りをしてしまうケースが発生しています。
ある企業では、業界をリードするAIサービスの立上げに向けたデジタル化プロジェクトを立ち上げました。プロジェクトの立ち上げ当初は多くの技術評価を実施し、技術的な優位性と実現性のメドをつけてきました。しかし、検証を一通り終えて意思決定の場に上申したタイミングで問題が生じました。意思決定の場にはこれまで会話してきていない意思決定者が参画しており、顧客への提供価値(コスト削減や利益向上に寄与する経済的価値・喜びや満足感に寄与する感情的価値等)を定義し直すようにとの指摘が入りました。結果として意思決定者の意見を貰いつつ再検証が必要な状態となりました。内容の是非は置いといて、そもそもデジタル化プロジェクトを立ち上げる際に意思決定者とどのタイミングで何を意思決定するかを事前に明確にしておけば避けることの出来た手戻りでした。

課題2:適切な人が適切な項目・基準に基づいて意思決定できていない

異なる専門性を持つ意思決定者が思い思いに意思決定し、いたずらに時間だけが過ぎてしまうケースも見られます。入念に評価して確度を高めることは重要ですが、DXの成果がユーザや顧客の元に届くスピードが遅くなり、競争力が低下してしまっても本末転倒です。
ある企業では、顧客のエンゲージメントを高めることを目的としたデジタル化プロジェクトを立ち上げました。プロジェクトは序盤から意思決定者の意図しない関与が見られました。IT系出身の意思決定者は、システムの技術的側面からのアプローチを重視し、プロジェクトをどのように効率的に進めるかに焦点を当てました。一方、営業出身の意思決定者は、市場動向や顧客ニーズを最優先し、これに基づいた意思決定を推進しようとしました。この結果、プロジェクトチームは何を基準に進めるべきかの共通の理解を欠くこととなり、意思決定が遅れ、プロジェクトの進行が滞りました。さらに、意思決定のたびに大幅な方向転換が求められ、リソースの浪費と時間の過度な消費を招きました。
この事例において、意思決定者同士が認識をすり合わせることは行っておらず、各々が意思決定したことを現場担当者がくみ取り、落しどころを探ることに注力しすぎてしまったことに要因したと考えます。また、現場担当者も今何を意思決定して貰う必要があるのかを考えず、とりあえずレビューしてくださいと意思決定の場に持ち込んでしまったことにも要因しています。

いずれの事例も定まった意思決定プロセスに沿って意思決定を促せていれば、減らすことの出来た問題と考えています。

適切な意思決定プロセスの設計

前章で明らかになった課題を解決するため、デジタルサービス開発における適切な意思決定プロセスの設計方法について解説します。プロジェクト開始時点での明確な設定から運営方法まで、実効性のあるプロセス構築のポイントを示します。

ポイント1:意思決定のタイミング

デジタル化プロジェクトの検証を繰り返していく中で素早くStop&Goしていくためにも、意思決定のタイミングとしては、検証サイクルごとに実施しても良いと考えます。意思決定が多くなって面倒と感じるかもしれませんが、回数を増やすことで1回1回の意思決定の負荷を下げることができます。
また、検証の目的に合わせて意思決定者と意思決定の観点を定めるだけでなく、定めた内容を意思決定の場で最初に認識合わせするのも効果的です。

ポイント2:各工程における意思決定の目的/観点設計

これまでに説明してきたデジタル化推進ガイドにおいては、以下の通り各工程における意思決定の目的/観点を定めることが重要と考えています。各工程の特性に応じて、適切な評価基準と判断軸を設定する必要があります。

各工程における意思決定の目的/観点
工程 目的/観点 判断内容の具体例
企画構想 ビジョン設定や戦略策定を行い、デジタル活用の目的を明確にする。経営層や戦略立案者がそもそも活動を始める意義があるかを評価する。
  • 活動の目的が明確になっているか
  • 顧客と顧客が抱える課題は明確になっているか
  • 顧客に提供する価値は明確になっているか
  • 達成目標(KGI)と評価指標(KPI)は明確になっているか
効果検証 市場調査やユーザーインタビューを行い、設定した課題が本当に課題なのかを確認する。また、実ソリューションを想定したデザインモック等を作成して、そのソリューションで本当に課題が解決できるかの検証結果を評価する。
  • 設定した顧客の課題仮説に妥当性はあるか
  • 課題を解決するソリューションに妥当性はあるか
実現性検証 実際のプロダクトやサービスが実現するか検証を行う。業務やシステムとして成り立つのか、代替策としてどうすれば良いかの案について評価する。
  • 技術的実現性は明確になっているか
事業性検証 これまでの検証結果を踏まえて、システムやサービスを開発する際の投資対効果を測る。開発の計画や、初期リリース範囲の妥当性について評価する。
  • 初期リリース範囲、リリース後のグロース方針が明らかか
  • 開発に伴う体制は十分か
  • 投資対効果は納得できる内容、金額か
開発 実際のプロダクトやサービスの開発を行う。要件定義~設計~開発~テストといった一般的な開発において想定外のことが起きていないかを評価する。
  • 要求事項を正しく要件化できているか
  • 実装したプロダクトが顧客提供するために十分な品質となっているか
  • 開発後の運用プロセスが明確になっている
グロース プロダクトの成長と改善を促進する。プロダクト成長におけるKPI等の指標を可視化・分析し、打つべき施策案を評価する。
  • KPI指標を計測するに十分な情報が取得・分析出来ているか
  • サービスグロースのための施策を打ち、実行することが出来ているか

ポイント3:意思決定者の選定

各工程の目的・評価内容に適した人材を選定する必要があります。例えば、事業の企画段階から効果を見極める工程においては、事業企画・マーケティング・対象事業領域の専門家が評価します。また、技術の実現性検証や開発工程においては、ITアーキテクト・エンジニア・データサイエンティスト・対象技術領域の専門家が評価することが重要となります。また、投資の最終責任者として経営層が参加することも重要だと考えます。

ポイント4:運営方法の決定

事務局を設置することを推奨します。前述した各工程の目的・判断基準をもって、適切に意思決定するため推進やチェック機能としての役割を持たせます。事務局のような組織的な活動に出来ない場合、これらのルールを活用したプロセスを定義して、現場が実行できるように運営しても良いと考えます。

このように段階的に進めることで、各フェーズで適切な意思決定が行われ、デジタル活用の効果を最大化することが可能です。それぞれのフェーズで適切な役割の人が関与し、ビジネスの目標達成に向けて戦略を調整していくことが重要です。

おわりに

デジタルサービス開発では、従来のシステム開発とは異なり、技術の進展や市場の変化に対応した迅速で柔軟な意思決定が成功の鍵となります。多くの企業で見られる「適切なタイミングでの意思決定ができていない」「適切な人が適切な基準で判断できていない」という課題は、定まった意思決定プロセスの構築により解決可能です。
組織が持つ意思決定プロセスには独自の文化やルールが存在するため、即座に変更することは困難かもしれません。しかし、時代の変化とともにより短サイクルで素早く意思決定することで時代に適応していかなければ、デジタル活用の効果が発揮できません。変化の激しいデジタル時代において、適切な意思決定プロセスの確立は企業の競争優位を左右する重要な経営課題です。今回解説した内容を参考に、多くの組織でデジタル活用が進む意思決定プロセスを作り上げていくことを望みます。

プロフィール

  • 伊藤 昂祐のポートレート

    伊藤 昂祐

    サービスデザインコンサルティング部

    SIer・コンサルファームを経て、NRIに入社。ITコンサルタント・アジャイルコーチ。
    専門は、システム化構想・計画、新規事業立ち上げ・アジャイル開発/DevOps導入支援。あらゆる情報を収集し、サービスデザイン・アーキテクチャ設計を行い、より良いプロダクト作りを支援することを生業とする。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。