
「EV先進国」として世界の注目を集める中国。しかし、報道やデータだけでは見えてこない現場の実態があります。モビリティの最前線で実際に何が起きているのか?多くの人が抱く疑問を解消するため、私は自動運転の実験都市「武漢」とITイノベーションの聖地「深圳」に足を運びました。
最も印象的だったのは、運転席に誰もいないタクシーが当たり前のように隣を走り抜けていく光景です。日本ではまだ実証実験段階の完全自動運転車が、すでに商用サービスとして街中を走っているのです。
今回は「先端EV」「ロボタクシー」の2つの観点から最新技術をキャッチアップしてきました。現地で体験した技術レベルの高さ、普及スピードの速さは想像を遥かに超えていました。これから2回にわたって、この驚愕の中国モビリティ事情をリアルにレポートしていきます。この記事では、中国先端EVについてレポートします。
はじめに
野村総合研究所システムコンサルティング事業本部の木下です。主に自動車業界におけるデジタル領域でコンサルティング活動を行っています。
現在、欧米でのEVシフトの減速や政策の見直しが報じられているように、自動車の電動化トレンドは踊り場を迎えたという見方があります。しかし、世界最大の自動車市場である中国は、そうした停滞ムードとは対照的に爆発的な進化を続けています。新車販売に占めるEV(BEV+PHEV)の割合は月次で50%を突破しており、その勢いは止まる所を知りません。個々のメーカーをみても、直近2025年の年間新車販売台数で中国最大手のBYDがテスラを追い抜き、存在感を高めています。
日本のメディアでは、このような中国自動車メーカーの快進撃を伝える一方で、安売り攻勢によって販売台数を伸ばしているとの指摘もあります。中国メーカーのEVは、「価格が安い」から選ばれているのでしょうか。自動車に対する消費者ニーズが多様化している今、価格以外にも何かがあるのではないでしょうか。そこで今回、メディアの情報からでは分からない日中の差を、一人の乗客として、またモビリティの専門家として、両方の視点で確かめるために、「武漢」と「深圳」へ足を運びました。私が現地で体験した中国EVの最前線について、コンサルタントの視点からレポートします。
7社の先進EV乗車レポート
今回、中国自動車メーカーのEVの「本当の姿」を確かめるため、BYD、Xpeng、LiAuto、NIOなど7社のEVに乗車してきました。日本で得られる情報からは、「派手だが実用性に欠ける機能が多いのでは?」「完成度が低く未成熟な技術が多いのでは?」というイメージを持っていましたが、実際の体験は予想を覆すものでした。私が実際に乗車して感じた3つの発見について、詳しくお伝えします。
- ①自動運転体験 ~安心感~
私は日本で自動運転の技術開発や社会実験の現状について調査をするほど、複雑な交通状況での自動運転は解決しなければならない課題も多く、実現はまだ先になるだろうと考えていました。特に中国の混雑した道路では、日本以上に実用化が難しく、慎重になりすぎて全然前に進めないのではないかと想像をしていました。
しかし、今回XpengやHuawei系(HIMA)の車両に乗り込み、自動運転、特にNOA(Navigation on Autopilot)を起動した瞬間、その認識は覆されました。特に驚いたのは、その自然な挙動です。イメージしていたような慎重すぎて周囲の流れを乱すような動きはなく、合流や分岐、追い越し判断も非常にスムーズで、まるで人間のドライバーが運転しているような感覚に陥りました。自動運転の車に乗っているのに、不安はありません。街中を既に多くの自動運転車が普通に走っていることも、安心感につながっているのだと感じました。
これだけの車両が毎日公道を走り、膨大なデータを学習し続けているのです。その結果として、技術が加速度的に進化し、安全性が高まっていくのは必然でしょう。この圧倒的な「学習データの蓄積」こそが、将来的な商品力の決定的な差になる。現地の自動運転を体験しながら、そんな競争の最前線に立たされている緊張感を覚えました。 - ②車内体験(UX) ~エンタメ性と拡張性~
次に衝撃を受けたのは、「車内体験(UX)」です。乗車前は、「中国EVの車内体験は確かに目新しいかもしれないが、単なる見かけ倒しに過ぎないだろう」という感覚を持っていました。しかし、XpengやLiAutoの車内に足を踏み入れると、そこにあったのは単なる移動空間ではなく、「エンタメ」として緻密に計算された空間でした。ハンドルから手を離し、空中で手を動かすだけで車両を操作できる機能や、車内空間の雰囲気を照明と音響の調和によって演出する機能は一見すると無駄な機能に見えます。しかし、今まで体験したことがなかった機能の数々に触れていると、それらは単なる「機能」ではなく、人の感覚に訴えかけ、移動そのものを楽しませるための「演出」だということに気づかされました。
印象的だったのは、こうした機能の裏側にある開発思想です。ある車両にて、音声認識AIが私の言葉をうまく拾い切れない場面がありました。しかし、同乗した現地のオーナーはこう言いました。
「ああ、それは来週のOTA(アップデート)で直るらしいよ」
彼らにとって、クルマは「完成品」ではなく、スマホのように「進化し続けるもの」なのです。ジェスチャー操作や、車内照明は一見すると単なるギミックですが、こうした進化の余地を残した状態で世に出し、ユーザーの声を拾いながら改善する、というアジャイルな開発思想が、ユーザーに常に新しい体験を与え、「未来に参加している」というワクワク感を提供していることがわかりました。
「完璧な品質を追求する」のか、「未完成でも出して、進化速度で勝負する」のか。どちらが正しいかは別として、このスピード感の違いが、これからの市場に影響を及ぼしていくであろうことを感じました。
図1.先進的な車内体験
※生成AIを用いたイメージ
- ③充電体験 ~利便性~
そしてEV普及の最大の壁と言われているのが「充電インフラ」です。EVの普及が進む中国では、充電待ちが発生しストレスとなっているのではないかと予想していましたが、現地の光景は予想と異なっていました。
まず待ち行列の少なさです。カーナビで充電ステーションの空き状況を検索し、到着すれば自動で認証が行われ、すぐに充電を開始することができるためか、ステーションの入庫に並んでいる車は全くと言っていいほど見かけませんでした。
また印象的だったのは、Xpengの超高速充電スタンド「S4」での体験です。5分間で200km分の充電が可能という謳い文句で、実際は5分間で150km分の充電となりましたが、充電能力もどんどん進歩していることがわかりました。
さらに革新的だったのがNIOの換電ステーションです。これは充電プラグを挿して充電するのではなく、車両ごとステーションに入庫し、ロボットが車体の底にあるバッテリーそのものを満充電のものに付け替える仕組みです。実際に利用してみると、所要時間約5分でバッテリー交換が完了し、ガソリンスタンドと同様の手軽さを実感しました。
周りを見渡すと、充電や換電を待っているドライバーたちは、車内の大型スクリーンで動画を見たり、スマホを操作したり、各々の時間を過ごしています。どのドライバーも充電時間を苦痛に思う様子はなく、EV利用の足かせとなるような「利用のしにくさ」は一切感じられませんでした。
なぜ、これほどインフラが充実しているのか。背景を調べてみると、メーカー各社が充電インフラを単なる「コスト」ではなく「競争力の源泉」と捉え、激しい投資競争を行っている実態が見えてきました。こうした企業努力があるからこそ、ユーザーは充電を「不便な待ち時間」ではなく「快適な休憩時間」として受け入れることができているのかもしれません。
図2.充電ステーションの様子
※生成AIを用いたイメージ
現地調査からの考察
武漢と深圳での現地調査を通じて、中国EVの実態を肌で感じることができました。その上で、日本での情報だけでは理解できなかった日本との3つの違い浮かび上がってきました。
- ①自動運転の実装スピードとデータ戦略
彼らは「まず公道に出し、膨大な走行データを収集して運転精度を改善する」というアプローチを徹底しています。この「学習量の差」こそが、自動運転技術における決定的な競争力になると痛感しました。 - ②「体験」と「スピード」を両立する開発思想
完成度よりも「車内価値(UX)」と「進化の速さ」を優先しています。「進化の余地を残してリリースし、OTA改善する」手法が、ユーザーに常に新しいワクワク感を提供する源泉となっていました。 - ③インフラ一体型のエコシステム構築
各社がインフラをコストではなく「競争力」と捉え、独自網を構築しています。車両販売だけでなく、エネルギー供給やサービスを含めたエコシステム全体でユーザーを囲い込むビジネスモデルへの転換が見て取れました。
まとめ
今回の現地調査を終えて、私が日本で抱いていた「中国EV=安さ・量」という認識は、「体験価値」や「スピード」へと書き換わりました。彼らは、ハードウェアの品質では日本車にまだ追いつけていない部分があることを知っています。だからこそ、勝負の土俵を「ソフトによる体験」と「進化のスピード」に移しているのではないか。またインフラ網を自社で構築する姿勢からは、製造業の枠を超え、エネルギーや生活空間を握るプラットフォーマーへの転換を急ぐ彼らのビジネスモデルの核心も見て取れました。
日本の強みである「品質」や「信頼性」は依然として重要ですが、不完全さを許容し、ユーザーと共に技術を育てていくエコシステムこそが、中国モビリティの真の脅威であり、同時に日本企業が学ぶべき視点なのかもしれません。
次回の記事では、このEVエコシステムの上で既に商用化が進められている「中国のロボタクシー事情」についてご紹介します。
プロフィール
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木下 湧矢のポートレート 木下 湧矢
TMXコンサルティング部
2020年にNRIに入社。入社以来、自動車業界のエンタープライズ領域におけるデータ連携基盤の構想や、ITマネジメント/ガバナンス強化支援などのコンサルティング業務に従事している。近年は自動車業界におけるAIを活用したサービス研究にも取り組む。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。