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野村総合研究所と
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はじめに

昨今、データを活用して提供サービスの価値向上に取り組む企業が増えています。一方で、「アイデアはあるものの、顧客のプライバシーデータ活用に伴うリスクへの懸念から、その実現を断念せざるを得ない」という声も多く聞かれます。
これまで企業の「プライバシー対応」といえば、法令遵守やリスク低減といった「守り」の側面が中心でした。本記事では、プライバシー対応を以下の2つの要素から成る取り組みとして捉え直します。
        ① データ保護:法令遵守とリスク管理による「守り」
        ② データ活用:プライバシーデータの利用範囲を広げてビジネス価値を創出する「攻め」
本連載では、確実な「守り」を前提としつつ、①と②を両立させることでビジネス機会の創出につなげる方法について解説します。
        第1回(本記事)      :ビジネス価値を生むプライバシー対応とそれを可能にするプライバシーテック
        第2回(近日公開)  :プライバシー対応の3つの”ギャップ“を埋めるアプローチ
なお、本記事では、個人情報保護法上の「個人情報/個人データ」に加え、個人の識別につながり得るデータ(行動履歴、位置情報、端末識別子等)を含めて「プライバシーデータ」と呼びます。

1. プライバシーデータの活用を取り巻く環境変化

企業によるプライバシーデータの活用にはリスクが伴います。不適切なデータ利用は、法的な問題にとどまらず、SNSでの炎上やブランド毀損、サービス離反を招き、事業に大きな悪影響を及ぼす可能性があります。そのリスクを勘案して、これまではプライバシーデータをビジネス価値向上のために十分に活用できていませんでした。
しかし現在、プライバシーデータの活用を後押しする環境変化が起きつつあります。1つ目は、データの活用範囲拡大につながる個人情報保護法の改正に向けた議論、2つ目は、データ保護と活用を両立可能とするプライバシーテックの進歩、そして3つ目は、企業への信頼を前提とした顧客意識の変化です。これらの変化により、企業が適切なプライバシー対応を行えば、プライバシーデータの活用範囲を広げられる可能性が高まっていると言えます。

  • 1.1 AI時代を見据えた法規制の見直し検討
    2018年にEUでのGDPR施行を契機として、各国のプライバシーデータに関する取り扱いルールは厳格化・高度化してきました。しかし、現在、生成AIをはじめとするAI時代の到来を見据え、学習に必要なデータの規制の在り方について、各国で議論されています。日本でも個人情報保護法の改正議論が進められており、AIを学習させる目的でのデータ利用に関する同意要件の一部不要化や本人の意向に沿うと判断できる場合の同意取得要件の緩和など、利用促進を視野に置いたルールの緩和が検討されています。AIによるデータ活用については、「適正な利用を前提に、活用を進めやすくするルール整備」と同時に、「不適切利用には厳格に対処する実効性強化」に関する議論が進められています。企業は、ルールに沿った利用の説明可能性(根拠・手続き・記録)を高めることで、データ活用を前進させやすくなります。*1
  • 1.2 強固なデータ保護を実現するプライバシーテックの進歩
    プライバシーデータの活用が進まなかった背景には、データの外部流出などを防ぐための十分な保護の仕組みを構築できなかったことがあります。その結果、プライバシーデータを守るためには「使わない」「外部に出さない」という選択をせざるを得ませんでした。
    しかし近年、PETs(Privacy Enhancing Technologies)を含むプライバシーテックの実用化が進んだことで、「プライバシーの保護と活用の両立」を実現するための選択肢が大きく広がりました。これまで利用できなかったプライバシーデータも、強固に保護しつつ、ビジネス活用に求められる要件を満たすことが可能になってきています。言い換えれば、リスクを許容可能な水準まで引き下げることができるようになり、ビジネス利用を前進させやすくなったと言えます。
  • 1.3 企業への信頼感に基づく顧客意識の変容
    顧客のプライバシーデータに対する意識は、かつては「外部流出が不安なので一切提供したくない」という考え方が主流でした。しかし、サービスのデジタル化が急速に進んだ結果、状況は変わりつつあります。デジタル前提の社会では、個人情報を提供するメリットが大きくなる一方で、提供しないことによる不便やデメリットも増えてきているためです。ただし、これは「自分の個人情報が適切に扱われ、十分に保護されている」という安心感が前提となります。
    一般社団法人日本プライバシー認証機構(JPAC)の調査*2によると、”WEBサイト、アプリのサービスを選定する場合において、同サービスを運営する企業の信用度が重要な要素になるかをたずねたところ、76.6%の回答者が「非常に重要である」もしくは「やや重要である」を選択”したとのことです。つまり、顧客はサービス選択の段階で個人情報保護への取り組みを重視しており、企業への信頼が意思決定に大きく影響しています。こうした傾向を踏まえると、企業がプライバシーデータを活用した新たな取り組みを進める際にも、データが適切に扱われ、保護されていることを分かりやすく示し、顧客からの信頼を獲得していくことが重要だと考えられます。

データ活用がビジネス成長のカギとなる時代において、プライバシーデータの活用は重要な要素です。法規制の見直し検討とプライバシーテックの進歩により、企業がプライバシーデータを活用するための土壌が整ってきました。さらに、顧客の意識も変化しつつあり、信頼できる企業に対してはデータ提供を許容する姿勢を見せ始めています。
こうした環境変化を受けて、企業のプライバシー対応も変容しつつあります。次章では、これからのプライバシー対応の考え方と、その実現を支えるプライバシーテックの役割について解説します。

2. これからのプライバシー対応

「はじめに」で述べたとおり、本記事ではプライバシー対応を「①データ保護」と「②データ活用」の両面から成る取り組みとして捉えます。本章では、従来のプライバシー対応との違いと、両立を支えるプライバシーテックの役割について解説します。

【従来のプライバシー対応との違い】
従来のプライバシー対応は、①データ保護に重きを置いていました。個人情報保護法をはじめとする法令対応、情報漏洩リスクの低減、プライバシーポリシーの整備など、これらの取り組みは不可欠なものです。しかし、①の要素だけでは、ビジネス価値の向上への寄与は限定的です。守りを優先し「プライバシーデータは利用しない」という選択をせざるを得なかった結果、②データ活用によるビジネス機会の獲得につなげきれていませんでした。

1章で述べた3つの環境変化は、この状況を変えつつあります。法改正の議論は、適正な利用を前提にデータ活用の範囲を広げる方向に進んでいます(②の後押し)。プライバシーテックの進歩は、データ保護の強化と活用範囲の拡大を同時に実現します(①②双方の後押し)。そして顧客意識の変化は、信頼に基づくデータ提供の許容を意味しています(①を前提とした②の後押し)。

下図は、従来のプライバシー対応と本記事におけるプライバシー対応を比較したものです。青の範囲がプライバシー対応の指す範囲を表しています。従来は①が中心でデータ活用との重複範囲も狭い状態でした。本記事におけるプライバシー対応では、①と②の全体をプライバシー対応の範囲とし、重複部分であるビジネス機会を広げていく取り組みとして捉えています。

図1 従来のプライバシー対応と本記事におけるプライバシー対応の比較

図1 従来のプライバシー対応と本記事におけるプライバシー対応の比較

①と②の両立において重要な役割を果たすのがプライバシーテックです。PETs(Privacy Enhancing Technologies)を含むプライバシーテックの発展・実用化により、これまでリスクを理由として断念していたアイデアも実現可能性が高まっています。プライバシーテックは、①・②それぞれに対して以下のような役割を果たします。
        「①データ保護」の強化:データの匿名化・暗号化・アクセス制御などにより、リスクを許容可能な水準まで引き下げる
        「②データ活用」の範囲拡大:データを安全に保護しながら、高度な分析や外部連携などの活用を可能にする
主なプライバシーテックには、匿名加工、分散処理、差分プライバシーなどがあり、それぞれが異なるリスクに対応します。詳細については4章でご紹介します。
次章では、目的に応じた適切なプライバシーテックを活用することで、①データ保護と②データ活用を両立させ、ビジネス機会の獲得につなげた事例をご紹介します。

3. プライバシー対応によるビジネス機会の創出事例

今回は、プライバシー対応によって、これまで実現できなかったアイデアを具体化し、ビジネス機会の創出につなげた2つの事例を紹介します。

  • 3.1 事例1:バーチャル接客サービスにおける生成AIとプライバシー対応事例
    不動産X社では、集客や問い合わせ数を増やすために既存サイトの改善を続けてきましたが、その効果に限界を感じていました。そこで同社は、生成AIを活用したバーチャル接客サービスを導入し、集客力と問い合わせ数の向上を図る取り組みを進めています。
    生成AIの回答精度を高めるには、過去の顧客からの問い合わせ内容や実際のやり取りを学習させる必要があります。しかし、ここで次の2点が課題となりました。1つ目はAIとの対話で顧客が入力するテキストにプライバシーデータが含まれる場合、どのように取り扱うべきか。2つ目は回答精度向上のために、社内システム上の問い合わせデータを、第三者が提供する生成AIモデルに学習させてよいのか――という点です。
    X社はまず、対話時の入力テキストに個人情報が含まれる可能性に備え、PII検出・マスキング機能を導入し、入力データ中のプライバシーデータを自動的に検知・マスキングする仕組みを整えました。さらに、回答精度向上のための学習には、自社の問い合わせデータを外部に提供せずにモデルの精度改善を図れる連合学習(Federated Learning)を採用しました。これは、データそのものは社内に留めたまま、計算処理だけを外部と連携してモデルを改善していく技術であり、社内データを第三者に直接渡さない形で学習を可能にします。
    加えて、こうしたプライバシー保護の取り組みについては顧客にも丁寧に説明し、オプトアウトの方法や問い合わせ先を明示することで、透明性の確保と信頼の獲得につなげています。PIIマスキングや連合学習といったプライバシー対応により、従来は実現困難であった生成AIによるバーチャル接客サービスの導入が可能となりました。その結果、新たな顧客層の開拓と問い合わせ数の増加という効果が現れています。
  • 3.2 事例2:小売店舗のカメラ映像AI解析とプライバシー対応事例
    アジア地域で食品スーパーを展開するY社では、接客や陳列の品質が十分でないことに起因する機会損失が課題となっていました。たとえば、会計に時間がかかり過ぎて行列ができてしまう、棚に商品がないために顧客が購入を諦めて退店してしまう、といったケースです。
    そこでY社は、店舗内の監視カメラ映像をAIで解析し、
    • 会計待ちの行列ができているのに店員がレジに入っていない
    • 棚が空になっている
    といった機会損失につながる事象を自動で検知し、アラートを出す仕組みを導入しました。これにより、店舗運営の改善指導に活用しようとしています。
    一方で、監視カメラ映像には顔などの個人情報が含まれるため、その取り扱いが大きな論点となりました。Y社は、カメラデータを受け取るエッジサーバ上で顔部分をマスキングしてからクラウド環境に送信する方式を採用し、エッジコンピューティングの活用によってプライバシーリスクの低減を図りました。さらに、カメラ映像をAIで解析していること、解析にあたっては個人を特定できない状態に加工していることを、監視カメラ設置に関する店内掲示に追記し、顧客への丁寧な説明も行っています。
    エッジサーバ上でのマスキング処理というプライバシー対応により、監視カメラ映像のAI解析が個人情報保護上の懸念なく実施可能となりました。この仕組みを活用した結果、売上の改善が見られたほか、店舗内の顧客動線が把握できるようになったことで、店舗レイアウトの見直しやプロモーション効果の検証など、マーケティング施策への活用にもつながっています。

これら2つの事例に共通するのは、プライバシー対応を「制約」ではなく、ビジネスを前進させるための「解決可能な課題」として捉え直している点です。いずれの事例においても、『(1)活用目的と必要データの明確化』『(2)技術(PETs)と運用によるリスク低減』『(3)顧客への透明性確保による信頼獲得』というプロセスを経ています。このプロセスは、プライバシーデータを活用したビジネス機会創出の基本的な進め方として参考になると考えます。単なるプライバシーテックの活用ではなく、①データ保護と②データ活用の両立を達成するための手段として適切な技術を選定し、それによって実現された透明性を顧客に伝えたことがこれらの事例で重要なポイントです。今回紹介した2つの事例が示すように、プライバシーへの懸念から実施が困難と思われる施策であっても、目的に応じた適切な技術とアプローチを組み合わせることで、ビジネス機会へと転換できる可能性があるのです。

4. ビジネス機会創出のために活用可能なプライバシーテック

2章と3章でみてきたように、ビジネス機会の獲得には①データ保護、②データ活用を両立させることが重要です。そしてその実現を支えるために活用可能な手段がプライバシーテックです。
プライバシーデータの活用にあたっては、主に次の4つのリスクに対するプライバシー対応が求められます。
        データ取得リスク             :意図しない個人情報の混入や過剰な取得、同意取得の不足に伴うリスク
        データ処理・保管リスク:データ処理中の流出や、加工後に個人が再識別されてしまうリスク
        ガバナンスリスク             :データの所在が不明確であったり、開示請求や監査対応が遅延したりするリスク
        外部連携リスク                  :他社へ生データを提供できない、あるいは第三者提供に必要な同意が不足するリスク
これまでは、こうしたリスクに十分に対応できなかったことが、プライバシーデータのビジネス活用を阻む要因となっていました。しかし近年、プライバシーテックの進歩により、データをより安全に取り扱えるようになりつつあります。その結果、従来はリスクを懸念して利用を見送っていたプライバシーデータも、安全な形で活用できる可能性が広がっています。活用できるデータの範囲や利用方法が拡大し、ビジネス機会へとつなげやすくなっているのです。
下表では、4つのリスクを低減するうえで有効なプライバシーテックと、それによって何が可能になるのかを整理しています。各施策やビジネスアイデアが直面する課題・リスクに対して適切なプライバシーテックを選択・活用することで、プライバシー保護とデータ活用を両立させながら、アイデアを実現できるようになるかもしれません。

表1 4つのプライバシーリスクに対応するプライバシーテックと実現可能な活用

表1 4つのプライバシーリスクに対応するプライバシーテックと実現可能な活用

プライバシー対応を前進させる3つの着手ポイント

本記事では、プライバシー対応がビジネス機会の創出につながり得ることを紹介しました。法改正の検討や技術実装が進んでいる今こそ、これまでプライバシーリスクを理由に断念してきたアイデアを、再び前に進めるタイミングだと考えます。
まずは、次の3点から着手してみてはいかがでしょうか。
        (1)必要なデータと活用目的を明確にする
        (2)想定されるリスクを洗い出し、対応方針(活用するプライバシーテックの選定を含む)を決める
        (3)説明・同意・掲示など、顧客とのコミュニケーション方針を設計する
もっとも、新たな取り組みを進めるにあたっては、個々の取り組みを超えた組織的な調整や、社内ルールの整備が必要になる場面も少なくありません。次回の記事では、プライバシー対応を推進する際に必ず直面する「3つのギャップ」と、それを乗り越えるための具体的なアプローチについて解説します。

 

出所)

  1. *1:個人情報保護委員会「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直しの制度改正方針(案)」より
  2. *2:一般社団法人日本プライバシー認証機構調査「消費者における個人情報に関する意識調査(2025 年 5 月版)」より引用

プロフィール

  • 丹下 雄太のポートレート

    丹下 雄太

    産業ITコンサルティング二部

    

    2015年に京都大学大学院情報学研究科修士課程修了後、同年野村総合研究所入社。
    入社後は顧客接点高度化・データ活用のためのシステム・業務改革コンサルティングに従事。
    2017年にDeep Learning基礎講座(NEDO/AIRC=東京大学人工知能先端技術人材育成講座)を修了、2018年に米国サンフランシスコイノベーション研修を修了後、現在はデジタルを活用した事業変革・新事業創造に従事。

  • 津島 敦史のポートレート

    津島 敦史

    産業ITコンサルティング二部

    2021年に野村総合研究所に入社。業務システムおよび顧客接点Webサイトのシステム化構想・計画やプロジェクト推進・ユーザ支援に関わるコンサルティング業務に従事。

  • 丹野 千裕のポートレート

    丹野 千裕

    サービスデザインコンサルティング部

    2012年に野村総合研究所に入社。製造・小売業界を中心としたシステム化構想・計画、AI・デジタルを活用した新業務企画・検証、プライバシーレジリエンス強靭化などのコンサルティング業務に従事。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。