
システムコンサルティング事業開発室 佐野 則子
米国で脱炭素政策に揺らぎが見られる一方、世界では脱炭素投資の拡大が続いています。日本では2025年8月、三菱商事が建設費高騰を理由に、計画中の洋上風力事業からの撤退を発表しました。事業環境の不確実性が高まる中で、洋上風力の収益構造そのものが問われています。4月1日の法施行により、洋上風力の活用海域が拡大する今、いかに収益性を高めるのか。NRIの佐野則子に、日本の洋上風力が直面する課題と、今後の可能性について聞きました。
洋上風力の3つのポテンシャル
――洋上風力を取り巻く現状をどのように見ていますか。
日本の洋上風力はまだ黎明期です。試行錯誤の中で浮き彫りになった課題を克服し、長期視点で産業として育てていけるかが問われています。洋上風力には3つのポテンシャルがあります(図1)。1つ目は、発電量の拡大です。太陽光発電と異なり夜間も稼働でき、陸上より風況が安定しています。日本は活用可能な海域が広く、地理的な優位性もあります。2つ目は、技術力です。日本には内陸から臨海部まで広がる「ものづくり基盤」があり、多様な技術やノウハウを活用できます。3つ目は、経済波及効果です。部品点数が数万点に及ぶため関連産業が多く、数千億円から1兆円規模の事業が見込まれています。

洋上風力は、日本の危機管理と経済成長のために重点投資する17分野(※1)と密接に関係し、エネルギー分野にとどまらず、造船・港湾やAI・デジタル・サイバーセキュリティ分野など幅広い産業と結びつく可能性があります。特に、遠浅の海域が限られ、深い海が多い日本では、風車を海に浮かばせる「浮体式洋上風力」は有力な選択肢です。技術成熟とコスト低減が進めば、競争力ある新しい産業に発展する可能性があります。
こうした中で、浮体式洋上風力の商用運転も始まっています。2025年の北九州市・響灘沖に続き、2026年1月に長崎県五島市沖で運転が開始されました。一方、従来型の風車の基礎を海底に設置する「着床式」についても、2026年3月末までに響灘沖の浅い海域で日本最大規模の洋上風力が商用運転を開始する予定です。
デジタル技術を活用した収益性強化
――20年などの長期にわたる洋上風力プロジェクトを成功させる鍵は何でしょうか。
官民双方の役割が欠かせません(図2)。国は事業の予見性を高め、産業基盤を強化する環境整備を担います。一方、事業者に求められるのは事業開発力と収益性の強化です。特に重要なのは収益性の向上で、リスク管理だけでは足りません。デジタル技術を活用し、発電量の最大化とコスト最小化を同時に実現できるかが勝負になります。

――海外の先行事例では、デジタル技術をどのように活用していますか。
発電量の最大化とコスト最小化に寄与する取り組みが見られます。たとえば、複数シナリオによる試算を通じて、建設や運用計画を最適化し、コストを最小化するソフトウエアを活用しています。また、洋上風力では風車群の風下側で、風速低下や乱流が生じる領域(ウェイク)が発生して、発電量が低下することがあります。そこでAIで風車の向きを自動制御し、風車間の影響を抑えることで発電効率を最適化しています。浮体式では、波や風、潮流による風車の揺れも発電損失につながるため、風車の姿勢を自動制御で安定化させ、収益性を高める取り組みが進んでいます(※2)。
――日本でも、ドローンを使った風車の自動点検や、風車に搭載したセンサー情報を可視化して予防保守を行う試みが進んでいると聞きます。
海外では、可視化のレベルを超え、AIがセンサーやロボットを介して現実世界を「見て・判断して・動く」フィジカルAIを実装する事例も出てきています。日本でも、こうした技術を実装できるかどうかが今後の競争力を左右します。
遠隔制御とフィジカルAIを実装するスコットランドの洋上風力
――未来の洋上風力は、どのような姿になるのでしょうか。
注目すべき先行事例は、スコットランドです。同国は、北海の石油掘削で培ってきた海洋技術と船舶運用のノウハウを洋上風力に活用し、主要な港湾で機能転換が進んでいます。中でも「欧州の石油の首都」と称されたアバディーンの港は、石油ガスの物流拠点から、支援船を誘致して洋上風力の運用・保守拠点に生まれ変わり、地域経済の成長に寄与しています。
こうした産業基盤の上で、デジタル技術による運用・保守の高度化に向けた取り組みが見られます。
その1つが、船舶の遠隔制御です。衛星通信を通じて、米国から北海のアバディーン沖に位置する支援船を遠隔操作する実験に成功しています。これを可能にしたのが、風や波の中でも船位を維持する自動船位保持装置(DPS)です。DPSを搭載した船舶(DP船)は、日本の洋上風力においても運用・保守のコスト抑制と安全性向上に直結します。
海中点検にフィジカルAIを活用する事例も見られます。同国最大級のシーグリーン洋上風力では、自律型の水中ロボット(AUV)にAIを活用し、水中構造物の検査期間を最大50%短縮しました。一般的に、AI搭載のAUVが基礎構造を自律巡回して異常を検知し、必要に応じてカメラや作業用アームを備えた遠隔操作の水中ロボット(ROV)で詳細確認や補修を行う仕組みが想定されます。蓄積データをAIが学習すれば、運用コストの削減と安全性向上が同時に実現され、技能継承の課題解決にもつながります。
デジタル技術が生み出す再投資のサイクル
――企業がそうした技術を実装するうえで留意点はありますか。
企業が変革につながる技術を実装するには、国内だけでなく、海外の先端的な研究機関とも積極的に連携する視点を持つことが有効です(※3)。連携を通じてデジタル技術による運用・保守を高度化すれば、事業の資産価値が高まり、売却益を次の開発へ回す「再投資のサイクル」が創出されます。建設費高騰や事業環境の不確実性が続く中でも、こうした好循環を設計・実行できるかが、洋上風力事業の持続的な成長を左右します。そのためにも、洋上風力を単なる発電設備ではなく、データとデジタル技術を前提とした「次世代の海洋インフラ」として再定義できるか。経営の意思決定が、その将来を決定づけると思います。
プロフィール
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佐野 則子のポートレート 佐野 則子
システムコンサルティング事業開発室
民間シンクタンクを経て、1998年野村総合研究所に入社。システムエンジニアを経験した後、事業変革や業務改革などのコンサルティング業務に従事。
現在は、デジタルで社会課題を解決することを目的として、社会提言、社会課題解決の実行支援、海外における革新的なデジタル活用調査、生活者の意識調査、事業創出の人財育成などを行っている。少子高齢化に関するヘルスケア分野の日米特許所有。2023年より「脱炭素×地方創生」をテーマとしたコラムを連載中。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。