2024/06/24
野村総合研究所(NRI)では、2000年から毎年、ICT・メディア市場を展望し、これからのビジネスモデルの可能性を洞察する『ITナビゲーター』を出版しています。2024年版では、16分野のデータを取り上げ、10の市場を予測しました。
ICT産業の最新動向と今後の見通しについて、「デジタルライフ」「インフラ・プラットフォーム」「データ流通とガバナンス」「サステナビリティ経営」という4つの観点から、ICT・コンテンツ産業コンサルティング部の亀井 卓也、森田 哲明、只腰 千真、四元 正太郎、尾張 恵美、松本 周子が紹介します。
生成AIが倍速消費と推し消費を促進するデジタルライフの未来――亀井 卓也
NRIは、2000年からIT市場の動向を分析・予測する『ITナビゲーター』を制作しており、2023年12月20日に発刊した『ITナビゲーター2024年版』で23冊目となりました。
デジタルライフの注目すべきトレンドとして、「倍速消費」と「推し消費」があります。
倍速消費とは、NetflixやAmazon Prime Video、あるいはYouTubeのような動画配信プラットフォームにおいて、定額課金あるいは無料でコンテンツを視聴し放題というサービスの台頭により普及した、大量のコンテンツを倍速で消費するスタイルです。一方で推し消費とは、特定のコンテンツにのめり込み、関連するサービスやグッズに集中的に消費するスタイルです。対極的なこの2つの消費が併存するというのが、近年急速に普及するスタイルとなっています。
コンテンツ配信を席巻するプラットフォーマーは、顧客接点で得られるデータを活用し、レコメンデーション等のマーケティングを最適化するだけでなく、自社でのオリジナルコンテンツ開発を積極化させています。ジャパン・コンテンツは世界的に高く評価されていますが、コンテンツを保有する事業者はプラットフォーマーとどのように対峙していくかが課題となります。
まず倍速消費のニーズに応えるには大量のコンテンツが必要ですが、生成AIはコンテンツ制作プロセスを効率化するだけでなく、コンテンツ企画やクリエイティブまで実現し、コンテンツ流通量の拡大に寄与します。そして倍速消費を回避するのではなく、倍速消費を受け入れつつ利用者のデータを蓄積することが有効です。クリエイターの直観ではなくデータに基づく分析によって、科学的に熱狂を創出し、推し消費の潜在的なニーズを掘り起こすことが、デジタルライフのトレンドを踏まえたコンテンツ展開戦略に求められます。
デジタルマーケティングが深化するインフラ・プラットフォームの未来――四元 正太郎、松本 周子
2022年の広告市場は、盤石な成長を見せ、過去最高を更新しました。同時に、広告費に占める中小・零細企業の割合が増すロングテール化も進みました。
この分野において、生成AIは広告主に2つのインパクトをもたらすでしょう。1つはプロモーション活動の内製化に関するハードルが低下すること、2つ目は広告の獲得効率を高めるパーソナライゼーションと最適化が、これまで以上に追求できるようになることです。ただし、短期的な成果を追うあまりに過度な行動追跡を行うことは、生活者から忌避される結果を生んでいることには留意が必要です。
NRIが2023年7月に行った「情報通信サービスに関するアンケート調査」によると、感性や情緒を刺激する、あるいはストーリー性を演出することによって、生活者に不快感を与えず広告効果の高いマーケティングを展開できる可能性が示されています。つまり、顧客と中長期的な関係を築くためには、CXの観点で優れたコミュニケーションを顧客と行うことが必要です。
そのアプローチとしては、短期的な成果を求めるのではなく長期目線の活動を行うこと、つまりはCPA(Cost Per Acquisition:顧客獲得単価)からCPLTV(Cost Per Life Time Value:顧客1人あたりの生涯価値に対する費用)へと目標を変更することです。
また、顧客の受容性を高めるためのパーソナライゼーションと最適化も求められます。具体的には、自社事業に関する理解を前提とした、データ収集、管理、保護が可能な体制構築と、データ分析から顧客の潜在的なニーズを具体的に理解することです。その内容をパーソナライズ化したクリエイティブにして顧客に届けることで、企業発のコミュニケーションに対する顧客の受容性を高められます。
このような作業にAIを活用し、CX重視のマーケティング戦略への転換が行えるかがポイントと言えます。この点に対し、四元と松本は、NRIで開発した「SPOT-LIGHTモデル」によってマーケティング戦略を再構築することを提案しました。
SPOT-LIGHTモデルとは、「Story-telling」「Personalization」「Optimization」「Trustworthiness」「Long term strategy」「Innovation」「data Gathering」「Harmonization」「Tracking」の9つの要素を集約した考え方で、マーケティング戦略の設計および実行の要諦となります。
生成AIとヒトが共存するデータ流通とガバナンスの未来――只腰 千真、尾張 恵美
生成AIには、従業員の働き方、企業のビジネスモデルはもとより、産業構造をも変革するポテンシャルがあります。そのため、実務や現場でのリスクを超え、人権や民主主義、国家安全上のリスクも含めたルールメイキングの議論がされています。
欧州は、EU一般データ保護規則(GDPR)等を導入した経験からルールメーカーとしての地位を獲得しており、基本権を主眼にリスクベースでの法規制を導入しています。米国は、伝統的に市場や事業者の自主性を重視する立場にあることから、原則として法的な規制よりも自主規制を奨励しています。
日本は、生成AIやロボットとの共存に対する受容度が極めて高い文化的背景があり、欧州や米国と比較しても、それらより積極的に利活用する方向で、日本発のルールを打ち出せる立場にあります。
日本における生成AIのルールメイキングは、内閣府のAI戦略会議が主導しており、生成AIへの期待とリスクを整理し、分野別の課題について対処法の検討を進めています。
生成AIへの期待として、人手不足をAIで補充する発想には限界があります。検索力と計算力に優れたAIと、独自の経験から生み出されたヒトの個性を組み合わせた創造的な仕事を通じてこそ、新たな価値が生み出される。AIとヒトの共存に向けた一つのシナリオであると考えます。
「人的資本」を最大化するサステナビリティ経営の未来――森田 哲明
サステナビリティ経営というと、カーボンニュートラルや生物多様性などの要素もありますが、昨今では「人的資本経営」が注目を集めています。人的資本経営の本質は事業戦略と人材戦略の連動であり、「資本」である人材の価値を最大限に引き出し、いかに企業価値を向上させるかが模索されています。
生産人口が減少する日本のビジネス環境においては、量的・質的な面で生産性を高める必要があります。しかし、人材の流動性も高まり、経営層による従来の中央集権ですべてを動かすことは極めて困難です。こうした課題に対し、事業遂行上必要なポストやプロジェクトのデータと、人材の有する能力のデータを、ICTによってマッチングさせる「Talent Marketplace」というソリューションが昨今注目されています。
このサービスは、「問題解決力」「コミュニケーション力」「適応性」といった非認知能力要素も含めた、個々の従業員のスキルをデータ化し、育成や配置、採用を行うなど、事業戦略・人材戦略との高度な連動を支援するものです。近年では生成AIを活用することで、業務に適した人材の発掘や人員の再配置等を実現するソリューションも提供され始めています。
今後は、データドリブンな人的資本経営の実践に向けて、生成AIを活用しつつ、具体的なレベルでの試行錯誤を進める段階に来ていると言えます。
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