「価格」とDX(4):【前編】サブスクとは―『サブスクリプション2.0』ほか
前々回とりあげた「フリーミアム」は一世を風靡したが、現在「フリーミアム」以上によく見かけるようになったビジネスモデルがある。それが「サブスクリプション」である。しかし「サブスクリプション」とはもともと「月額払い」を意味する言葉である。そのようなサービスは以前から数多く存在した。では現在話題となっている「サブスク」とそれまでの「月額払い」とは何が異なるのだろうか。今回は前編として、現在注目を集めている「サブスク」ビジネスのKFS(成功要因)を見ていきたい。その際に重要になるのは「固定費」と、「LTV(顧客生涯価値)」と「CPA(顧客獲得コスト)」である。そして後編ではミクロ経済学のツールを活用して「サブスク」と「月額払い」の相違点を説明する。
■サブスクリプション2.0 衣食住すべてを飲み込む最新ビジネスモデル
急拡大する「サブスクリプション」サービス
最近さまざまなメディアで目にするのが「サブスクリプション」サービス、いわゆる「サブスク」という新しいビジネスモデルだ(以下、原義的な意味では「サブスクリプション」と表記するが、ビジネスモデルを表すときは「サブスク」と短縮した呼び方にしたい)。
本書は近年拡大している「サブスク(本書ではこれを「サブスク2.0」と呼んでいる)」の日本の事例を多く紹介し、またそれまでの「サブスクリプション」ビジネスと「サブスク」の違い、そして「サブスク」ビジネスの成功要因(KFS)の解説で構成されている。
まず同書では従来の「サブスク」と「サブスク2.0」の相違点を以下の3点にまとめている。
- 「メーカーの参入」:
従来のサブスクは小売業やサービス業からの進出がほとんどだったが、最近はトヨタやキリンビール、パナソニックといったメーカーが進出してきている。 - 「所有から利用へ」:
別の言い方をすれば「シェア」という概念が市民権を得たともいえるだろう。モノを所有するよりも、自分の使いたい時に使いたいだけのサービスが提供されていればいいというように消費者の嗜好が変化してきている。シェアエコノミーの隆盛もこの流れの上にあるのだろう。 - 「個別カスタマイズ化」:
近年登場しているサブスクサービスは、利用者それぞれの趣味・嗜好に合わせてサービスをカスタマイズするようになっている。例えば毎週おすすめの服をレンタルしてくれる「AirCloset」は、利用者個々の体型はもとより、年齢や好みに基づいて服をおすすめしてくれる。さらに、それまで提案した過去の服への評価をもとに、さらに利用者の好みを分析し、おすすめを最適化する仕組みも導入している。
以上の要因で従来の「サブスク」は「サブスク2.0」へと進化してきたと本書では総括している。
「サブスク」の料金体系分類
さて、サブスクを見ていく上で最も重要なのはその料金体系である。本書では様々なサブスクサービスが紹介されているが、実はその料金体系は必ずしも同一ではない。ちょっとそこを整理したいと思う。
(1)定額制、サービス利用に上限あり
1つ目が、定額制だが利用には上限があるタイプの料金体系である。これは馴染みのあるいわゆる「月額払い」の「定額制」のサービスである。ただこれまでの「月額払い」と異なり、利用者それぞれのニーズを反映したきめ細かいサービスを提供している点が差別化要因だろう。プラットフォームで言うところの「マッチング」の部分である。本書に挙げられている事例には以下のサービスがある。
- レナウン「着ルダケ」:定額で春夏と秋冬に決まった数のスーツを提供
- クローバーラボ「KARITOKE」:定額で高級時計を貸し出してくれる。ただし一ヶ月に一本のみ
- メガネの田中チェーン「ニナル」:定額で、3年間で3本までメガネを交換できる(高校生未満向けにはフレーム・レンズの交換無制限プランもある)
- ユニック「YourNail」:定額でネイルシールが月2種類届く
- キリンビール「ホームタップ」:月額制家庭向けビールサーバ事業。毎月一定量の工場
- Sparty「MEDULLA」:月額制カスタマイズシャンプー販売
(2)定額制、定額対象以外のサービス利用には別途料金が必要
2つ目が、一定額を支払った上で(会員費や基本料のイメージ)、固定額以上のサービスを利用する場合は追加料金が発生するタイプの料金体系である。これは純粋な意味での定額制ではなく、「二部料金制」と呼ぶべき料金体系である。わかりやすくいえば電気代などと似た料金体系である。本書に挙げられている事例には以下のサービスがある。
- 金の蔵「プレミアム飲み放題定期券」:月額4,000円で来店時は毎日飲み放題。ただし、料理や追加ドリンクは別料金
- トヨタ自動車「KINTO」:3年間定額で特定車種が乗り放題。保険や登録費などは込み。ただ駐車場代やガソリン代は利用者負担
- U-NEXT「U-NEXT」:動画配信サービス+電子書籍サービス。動画は見放題だが、書籍は別途料金必要
(3)定額制、かつ使い放題
そして3つ目が定額制で、さらに利用に上限がないタイプの料金体系である。そして昨今の「サブスク」という言葉の流行を生んだ動画見放題のNetflixや、音楽聴き放題のSpotifyの料金体系がこのタイプである。そして、この料金体系がこれまでの「サブスク」の料金体系とは異質なものだといえる。本書に挙げられている事例には以下のサービスがある。
- ラクサス・テクノロジーズ「ラクサス」:高級ブランドバッグ借り放題サービス
- ストライプインターナショナル「メチャカリ」:定額で洋服借り放題(ただし、一回あたりの貸出数に上限があるが、返却すれば借り放題)
- エアークローゼット「airCloset」:定額で洋服借り放題(ただしメチャカリ同様の制限あり)
- アドレス「ADDress」:月4万円で日本各地の物件に泊まり放題(住み放題?)
- メニコン「メルスプラン」:コンタクトレンズのサブスク。汚れ・破損のコンタクトレンズは無料交換してもらえる
- ネクシィーズグループ「BODY ARCHI」:女性専用定額制エステ&ジム
(4)その他
実質的に分割払いやリース、もしくはレンタルに相当するサービス。また、サービス利用に必要なハードウエアは初期投資として購入する必要があり、その後の消耗品は定額で届くサービスもここに入れた。これらのサービスを「サブスク」と呼ぶのはかなり抵抗がある。
以下、本稿ではこれらのサービスは取り上げない。
- Subscrife「subsclife」:家具のサブスクだが、実質分割払いかリースに近い
- 日産自動車「e-シェアモビ」:EVのシェアレンタルサービス。月額基本料+利用料で、カーシェアサービスと同じ
- ボルボ「ブリッジボルボ」:納車待ち期間中限定の新車のレンタルサービス
- ボルボ「セレクトボルボ」:新古車を定額で1年間レンタル。新古車は上記「ブリッジボルボ」で利用された車両
- パナソニック「The Roast」:ハードである「コーヒー豆の高機能ロースター」を購入する必要がある。月額会員になることで毎月世界各地の生豆が届く
- ブリヂストン「トタルパッケージプラン(TPP)」:事業者向けタイヤのメンテナンス・リセールプラン。リース契約と理屈は同じに見える。
こうやって見てみると、一口に「サブスク」と言っても様々な料金体系が存在することがわかる。この三種類の料金体系は同じサブスクと呼ばれていても収支構造は大きく異なる。そして、料金体系の違いによってそれぞれのサブスクのビジネスモデルの成功要因も異なることが予想される。以下では、(1)から(3)のそれぞれのサブスクの成功要因はどのようなものかを見ていきたい。
それぞれのサブスクビジネスの成功要因(KFS)
先に結論をいえば、サブスクビジネスの成功要因(KFS)には必要条件と十分条件がある。まずビジネスの存続のための必要条件は「固定費(初期投資も関係する)が回収できるのか」という点であり、ついでそのビジネスが拡大するための十分条件は「『LTV(顧客生涯価値)』が『CPA(顧客獲得コスト)』を上回るか」という点である。そしてこの必要条件を満たす難易度は料金体系にかなり依存する。それぞれの料金体系で見ていこう。
(1)定額制、サービス利用に上限あり:固定費部分の付加価値が顧客の取引コスト低下を上回っているか?
まず、定額制でサービス利用に上限がある場合、提供するサービスについてはある程度コストも見込めるだろう。しかし、問題はそれらのサービスをデリバリーする部分の固定費である(ここではデリバリーの変動費は一旦無視する)。このタイプのサブスクでは、顧客は余計に支払う部分の料金で利便性を買っていることになる。例えばネイルシールのサブスクであるユニック「YourNail」では、ネイルシールを買いに行ったり、お気に入りのデザインを探したりする手間を省くところが最大のメリットである。この消費者の手間(ここでは大雑把に「取引コスト」と呼びたい)を減らした金銭的価値を固定費が下回れるかどうかが鍵になる。
この「顧客の取引コスト」を目に見える形で減らしているサービスの一つが、家庭用のミネラルウォーターサーバビジネスかもしれない。重たいミネラルウォーターを自宅まで届けてくれて、さらに温めたり冷やしたりする手間をサーバが省いてくれるというのが、このビジネスでの付加価値だろう。
このハードルをクリアできればあとは商品の魅力を高め、顧客満足度をキープすることでビジネスは回るだろう。しかし、このステージでは「LTV>CPA」を満たすことが必要になる。
(2)定額制、定額対象以外のサービス利用には別途料金が必要:定額部分で固定費をカバーできれば最も成功率が高いモデル
さて、次は月額で固定の料金を徴収し、さらなる利用には別途料金が必要なサブスクである。これは「二部料金制」と呼ばれ、公共料金などの料金体系になっていることは先に述べた。そして、この二部料金制は実は固定費部分を「基本料金」で賄うことができるという意味で、かなりサブスクには向いているサービスといえる。
事例にあった金の蔵の「プレミアム飲み放題」では、月額4,000円で飲み放題が毎日提供される。大雑把な計算だが、サラリーマンが仮に平日毎日通ったとして、一日あたり200円の負担で飲み放題のサービスが享受できる。しかし、毎日飲み放題に通うサラリーマンはそうそういないだろう(フィットネスジムの利用率を考えればなんとなく想像がつくのではないだろうか)。そして、この基本料は固定費をカバーする財源としてかなり優秀である。その意味で、この飲み放題サブスクは会員が増えることでより安定するビジネスになりうるだろう。
そして、居酒屋ビジネスのもうひとつの特徴は、「アルコール類の注文の限界費用は非常に低い」という点である。ハイボールの原価はせいぜい数十円と言われているのはご存知だろう。飲み放題はさして経営を圧迫しないのである。そして、追加注文が入ることで収益性は高まるだろう。
(3)定額制、かつ使い放題:最も難易度が高いか? 月額払いで固定費がカバーできてないと死ぬ。あと限界費用は限りなくゼロに近いことも必要
この定額制かつ使い放題の料金体系は実は「二部料金制」の特殊なバージョンといえる。一般の二部料金制では基本料の他に利用料に応じた追加料金が発生するが、このモデルは追加の利用料が常にゼロと見ることができる。そのため、このモデルでは(1)の料金体系と同様に基本料で固定費をカバーする必要があると同時に、追加料金が発生しないため、追加でサービスを提供するためのコスト(これを「限界費用」と呼ぶ)が、限りなくゼロに近くないとビジネスとして成立しない。
なので、この料金体系を採用しているビジネスモデルは、固定費をかなり低く抑えられるか、限界費用が限りなく低いか、もしくは月額費が固定費を十分カバーできるくらい高額か、といった厳しい条件を満たす必要がある。
本書で取り上げられているサブスクの事例では、これらの条件を満たしているのは、私見ではメニコンのサブスクモデルくらいではないかという気がしている。メニコンはすでに物流インフラを構築しており、またサブスク以外でも収益が上がるため、固定費部分は相当程度カバーできていることが想像できる。また、コンタクトレンズそのものの生産にかかる限界費用はかなり低く抑えられており、しかもユーザの継続率は高い。このような恵まれたビジネスであれば、モノのサブスクも軌道にのるだろうなと思わせる。
もう一つ、この料金体系で成功しているのがNetflixやSpotifyといったデジタルコンテンツのサブスクである。このビジネスは、初期投資がかさむという点はあれども、ここ10年でネットインフラがクラウド化したことで、固定費を変動費化することに成功している。しかもコンテンツの限界費用はゼロに近いため、このような料金体系を可能にしているといえる。
失敗事例から見えてくるもの
さて同書には特筆すべきコンテンツがある。それは第6章の「撤退の研究」である。この章ではサブスク事業に進出したものの撤退した事例が取り上げられている。そして、撤退事例を見ていくと、料金体系と固定費の関係がより一層明確になってくる。
例えば紳士服のAOKIが手掛けた「suitsbox」は、(3)月額固定、使い放題の料金体系を採用していた。この料金体系では固定費を抑えること、限界費用を低くすることが鉄則だが、suitsboxでは利用者の嗜好が予想以上に多様であることに対応するため、商品ラインを拡充する必要に迫られた(固定費の増大)。しかも顧客へのスーツの配送・回収・保管といったデリバリーの部分を他社に委託していたため、限界費用も高止まりしてしまっていた。
また、カミソリの替刃を定期的に届ける「Tokyo Shave Club」は、(1)月額固定、上限ありの料金体系でひげそり用のカミソリの替刃を届けるサービスを展開したが需要が伸びずに撤退した。元々、カミソリの替刃のサブスクビジネスはアメリカではかなり人気のサービスだった(アメリカでは「Dollar Shave Club」というサービス)。しかし、そもそもアメリカではカミソリの替刃は「鍵付きのガラスケース」に入っており、店員にいちいちお願いして買う必要があった。一方日本ではコンビニでもドラッグストアでも簡単に買うことができる。この点で、日本の顧客の取引コストはもともとかなり低かった点を見誤ったといえるだろう。
サブスクを検討する上で、固定費をどのように賄うかが大きな課題であることがわかると思う。そういう目で見てみると、失敗事例に固定費を賄いやすい(2)の二部料金制の事例がないことは偶然ではないかもしれない。サブスクへの参入を考える際には、まず固定費をどう回収するのかというビジョンが最重要課題だと言える。そして、これは前々回の「フリーミアム」でも散々議論されたことであったことを思い出してほしい。「日の本に新しきものなし」というのは残念ながら正しいようだ。
さて、次回は後編として、サブスクをミクロ経済学の「固定費」「限界費用」「余剰分析」という概念を用いて考えてみたい。金融の世界にも「サブスク」はやってくるのかを、日銀のレポートを参考にしつつ考えてみたい。
余談:本書でぜひ読んでほしいエピソード
本書でもう一つ、ぜひ読んでいただきたいエピソードがある。それは、クレーマーに対する目のさめるような対処である。以下、引用する。
クレーマーは一発退場させる
ラクサスは顧客目線を貫く一方で、クレーマーやバッグの使い方が荒い顧客には厳しい措置を取る。例えば、クレームを受けた担当者が、「相手の言葉使いが汚い」と判断した場合には一発で利用停止処分となる。また、バッグを貸し出す前に写真を撮影しておき、返却時にも撮影する。この写真をAIが分析して傷や汚れなどが多く、使い方が荒いと判断した場合もレッドカードを突きつける。
(中略)
過去に展開した事業の経験から、マナーの悪い客は全体の1%程度しかいないことがわかっていた。「その1%のために、他の99%の優良な顧客が割を食うのはおかしい」
(中略)
ちなみに、サービスの利用停止を言い渡された顧客の9割は謝罪して、サービスの継続利用を申し出るという。一度謝罪した顧客は、一転して優良顧客になる。
この部分を読むだけでも本書に意味はあると思うが、いかがだろうか。
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