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イタリア国債を手厚く買い入れるECBの次の一手

2020/06/04

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4・5月にECBはイタリア国債を大量に買い入れ

欧州中央銀行(ECB)が不安定な動きを続けるイタリア国債を厚めに買い入れてきたことが、2日に公表されたデータで明らかとなった。ECBは4~5月に、イタリア国債を511億ユーロ買い入れた。これは同時期のイタリア国債の純発行額490億ユーロを上回るものだ。

このうち、ECBがパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の下で買い入れたイタリア国債は374億ユーロ、従来からある公的部門証券買い入れプログラム(PSPP)の下では137億ユーロである。

PEPPについては、経済や人口の規模に基づくイタリア国債の購入比率は17%であるが、実際には購入額全体の21.6%がイタリア国債であった。

PSPPでは、各国の経済規模に応じて定められたECBへの出資比率に基づいて国債購入の割り当てが決められている。これを「キャピタルキー」という。キャピタルキーのルールはPEPPにも適用されるものの、短期的にはニーズが特に高い国への流動性供給を妨げるものではない、と政策当局者らは説明している。

理事会で資産買い入れ枠の拡大を予想

ECBは6月4日に金融政策を決定する理事会を開催する。そこで追加の金融緩和措置が実施されるか否かについて、金融市場の見方は分かれている。比較的多く予想されているのが、PEPPの購入枠を、現行の7,500億ユーロ(約90兆円)から2,500億ユーロ~5,000億ユーロの規模で増額することだ。ECBが現行ペースで資産購入を続けると、10月には購入枠を使い果たすことになる。

この点が、今回の理事会でPEPPの規模増額を決めると考える向きの、最大の根拠である。さらに、実施時期を2021年半ばまで延長するとの見方も少なくない。

さらに、追加の金融緩和措置が実施される可能性を高めているのが、ECBの経済見通しの下方修正である。前回4月の理事会後の5月27日に、ラガルド総裁は2020年のユーロ圏の実質GDP成長率の見通しを、前年比-5%~-12%から、前年比-8%~-12%から下方修正した。正式には理事会で経済見通しの大幅下方修正が公表される見通しだ。さらに、4月の理事会の議事録では、6月までの各種データから金融緩和が現行規模で不足していると判断した場合は、「拡大する用意がある」とされた。経済見通し引き下げへの対応という点も、6月4日に追加緩和が実施されると考える根拠だ。

見方は分かれるが追加緩和決定の可能性の方が高い

他方で、追加の金融緩和を予想しない向きの最大の根拠は、第1に、PEPPのもとでの資産購入が限界に達するまでにまだ時間的猶予がある、ということだ。7月、あるいは9月の理事会で購入枠を増額しても十分に間に合う。

さらに足元では、ドイツなどを中心に経済の底打ちを示す経済指標が見られ始めたとともに、欧州復興基金創設の議論が進んできたことなどを受けて、金融市場が安定感を取り戻している。このタイミングでは、ECBは追加緩和措置を温存するのでは、との観測も出ている。

このように、理事会での追加緩和の有無を巡って意見は分かれている。双方の予想ともに相応の根拠はあるが、新型コロナ問題を受けて新たに導入した危機対応スキームのPEPPについては、その継続性について早めに市場に伝えた方が、市場の予見性を高め、市場の安定につながる面があることは確かだろう。

ちなみに、日本銀行は、5月22日の臨時会合で、9月末までとしていた資金繰り支援特別プログラムを、20201年3月まで半年延長することを決めている。こうした点を踏まえると、ECBは、今回の理事会で、PEPPの増額を決める可能性の方が大きいように思われる。

ドイツ連邦憲法裁判所の違憲判断への対応も議論

それ以外では、米連邦準備制度理事会(FRB)の決定を後追いする形で、今回の理事会では、投機的格付けの社債も買い入れ対象とする決定がなされる、との見通しもある。4月の理事会では、シュナーベル専務理事が、「(高利回り債の)数が増えている」などと指摘していた。実際ユーロ圏の企業では、フランス自動車大手ルノーなど、大手企業の社債の格付けが投機的水準まで引き下げられている。投機的格付けの社債の買い入れは、今回の理事会でなくても、いずれは導入されるのではないか。

また、緩和策ではないが、ドイツ連邦憲法裁判所がPSPPを違憲と判断したことで、ドイツ連邦銀行を抜きにしたドイツ国債の買い入れスキームの検討も、今回の理事会で行われるだろう(コラム「ドイツ連邦銀行は国債買入れを止めるのか」、2020年5月28日)。

ECBと日本銀行の国債買い入れスタンスに差

一方、PEPPへのキャピタルキーの適用を撤廃するとの観測も一部に出ている。既に見たように、実際には、キャピタルキーからかなり乖離した比率で各国の国債が買い入れられている。他方で、キャピタルキーを撤廃することは、シンボリックには大きな意味を持ってしまう。

ECBが各国の国債を買い入れるのは、あくまで金融緩和効果を期待した金融政策の一環であるというのが建前だ。ところが、このキャピタルキーを外せば、財政リスクを反映して利回りが上昇する国債、今で言えばイタリア国債をECBが集中的に買い入れることで、利回り上昇を抑えて、国債の発行の円滑化を図ることが国債買い入れの狙いとなってしまう。これは、中央銀行が国債管理政策を担う、いわゆる「財政ファイナンス」である。

こうした点を踏まえると、ECBはキャピタルキーの適用撤廃にはかなり慎重だろう。ECBは、国債管理政策への関与を強く否定しながら、実際にはイタリア国債を手厚く買い入れている。他方、日本銀行は、政府の財政拡張策との連携であることを強調し、国債を無制限で買い入れるとして財政ファイナンスの観点からはグレーな政策姿勢を表明しながらも、実際には国債の買い入れペースを目立って拡大していない。

コロナショック後、ECBと日本銀行の国債買い入れを巡る政策スタンスには、財政ファイナンスのリスクとの関係からみて、大きな乖離が生じてきている。

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