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危機対応を続ける米金融政策:YCC導入の是非がいずれ議論に

2020/06/10

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3月以降の米金融政策の重点は市場・金融システムの安定

6月10日まで2日間の予定で、米連邦公開市場委員会(FOMC)が開かれている。ただし、本格的な追加金融緩和策や新たな政策運営の方針が示される、と予想する向きは少ない。あえて言えば、最も注目されているのは、3月に発表を見送った当局者による経済・金利見通しだろう。

金融市場が大きく混乱した今年3月には、米連邦準備制度理事会(FRB)の政策の重点は、金融市場の安定回復、金融システムの安定維持にあった。FRBがCPや投機的格付けも含めて社債を直接買入れる一方、無制限で財務省証券を買入れることを決めたのは、そのためである。

FRBの財務省証券の買入れ策は、以前であれば長期金利の低下を通じて景気を刺激する手段として用いられていた。しかし、コロナショックのもとでは、銀行の中銀当座預金に大量に資金を供給する、流動性供給策という側面が強かった。その狙いは、金融システムの安定維持である。

FRBは無制限で財務省証券を買入れると宣言したが、実際には、買入れペースは着実に低下している。5月最終週の買入れ額は250億ドルと、4月最終週の500億ドルの半分となった。3月には買入れ額が、1週間で3,750億ドルに達した週もあった。買入れペースが低下したのは、金融システム不安がとりあえず緩和されたためである。

政策の重点は経済危機下での中小企業と雇用の支援に移った

そして、FRBの政策の重点は、金融市場の安定回復、金融システムの安定維持から、政府と協調した形での経済危機対応、特に中小企業と雇用の支援に移っている。

FRBは6月8日に、中小企業の資金繰りを助けるため、中小企業向けに銀行が実施した融資の債権をFRBが買い取る「メインストリート融資制度(MSLP)」の拡充を発表した(コラム「FRBがメインストリート融資制度を拡充:深化する異例の政策スキーム」、2020年6月9日)。3月に創設したこのスキームは、ようやく稼働し始める。

2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)の際には、政府とFRBは、銀行の救済に動いた。いわゆるウォールストリート救済策である。この際には、投資で巨額の利益を上げ、また金融危機を自ら招いた銀行を、公的資金などを用いて救済したことに、国民から強い批判が生じた。

この時の経験がベースとなり、今回は一般企業、つまりメインストリートの救済に動いた、という面があるだろう。FRBが中小企業向けの融資債権を銀行から買取り、事実上、企業に直接融資をする「メインストリート融資制度(MSLP)」はまさに異例のスキームであり、本来の中央銀行の役割、機能を超えている。それがゆえに、多くの問題も抱えているのである。

FRBは秋以降に金融政策の枠組みの再構築か

しかし、中小企業と雇用を異例の政策を通じて救済するというこのスキームは、国民からは称賛されることはあっても批判はされない。こうした一種、居心地の良い状況を、FRBはしばらく続けたいと考えるだろう。今回のFOMCで、追加的な金融緩和策や新たな政策運営の方針が示される可能性が小さい理由もここにある。

しかしいずれは、FRBの政策の重点は、物価の安定と雇用の拡大という2つの責務(デュアル・マンデート)の達成を図る、という平時の金融政策運営に戻らなくてはならない。そこまでにはまだ、数か月程度の時間的猶予はあるだろう。

FRBの金融政策手段の柱は、短期金利操作、資産買入れ策、フォワードガイダンス(先行きの政策方針)の3つである。しかし、短期金利はゼロ近傍まで一気に下げてしまった。財務省証券の買入れについては当面無制限として、買入れ期間や量の方針は示していない。短期金利や資産買入れの先行きの方針を示すフォワードガイダンスについても、明確なものは示されていない。つまり、FRBの金融政策の枠組みは、コロナショックの下で崩れたまま放置されている状況である。

経済状況の見通しが徐々に固まる一方、中小企業と雇用の支援も一巡していくと、FRBは金融政策の枠組みの再構築をしなければならなくなる。それは秋以降となるのではないか。

イールドカーブ・コントロール導入が議論の対象に

FRBはマイナス金利政策の導入には否定的であり、それは今後も新たな政策手段の選択肢に入ってこないだろう。その中で、長期金利の低下、イールドカーブのフラット化を通じた、追加的な景気刺激策を模索していくことになるだろう。

従来は、短期金利のフォワードガイダンスと財務省証券の買入れを通じて、長期金利の低下、イールドカーブのフラット化を促すことを目指してきた。しかし、金融市場が向こう数年間は短期金利がゼロ近傍で推移する、との見通しを固めている中、短期金利を長くゼロに据え置くとのフォワードガイダンスを新たに示したところで、長期金利、イールドカーブに与える影響は限られよう。また、過去の財務省証券の買入れ策の経験から、FRBは買入れ額と長期金利との関係は安定していないとFRBは感じていることだろう。

そこで、長期金利の低下、イールドカーブのフラット化をより安定的に実現することを可能とする政策手段として、長期金利に目標値を設定し、これを財務省証券の買入れ策と短期金利のフォワードガイダンスと組み合わせることを検討するだろう。これは、日本流に言えばイールドカーブ・コントロール(YCC)である。これが、秋以降のFRBの金融政策の大きな注目点の一つとなろう。

このイールドカーブ・コントロールの考えについては、ブレイナード理事が以前から支持しており、また、ダラス地区連銀のカプラン総裁も、導入に前向きのようである。

国債管理政策に組み込まれてしまうリスク

しかし、マイナス金利政策ほどではないにしても、イールドカーブ・コントロール導入へのハードルはなお相応に高いと見るべきだろう。その最大の理由は、FRBが第2次世界大戦後にゾーン毎に金利の目標値を設定して公表するイールドカーブ・コントロールを導入したが、それは財務省証券の利回り上昇を抑えるために財務省から要請されたものであり、FRBにとっては非常に苦い経験だったことだ。財務省の国債管理政策への協力を強いられた結果、FRBはインフレの高進を許してしまったのである。

コロナショックへの対応で、米政府は今後も財務省証券の発行をさらに拡大させていく可能性が高い。それが長期金利の上昇圧力を高める際には、第2次世界大戦後と同様に、財務省証券の発行環境を悪化させる金利上昇を抑える目的で、政府は財務省証券の買入れ拡大をFRBに要請する可能性がある。その場合、FRBは、いわゆる国債管理政策に組み込まれ、政策の独立性を失ってしまう。財務省証券の買入れ策が、物価安定というマンデートの達成と整合的ではない形で行われる可能性も高まるのである。

こうした非常に大きなリスクがあることを考えれば、議論は高まるだろうが、最終的にFRBがイールドカーブ・コントロールの導入を決める可能性は高いとは言えず、そこにはかなり高いハードルがあるとみるべきだろう。

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