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ポストコロナはインフレかデフレか?は愚問

2020/06/18

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マネーの増加がインフレ率を高めるかは疑問

コロナショックは、日本と世界の物価上昇率を押し上げることになるのか、それとも押し下げるのか、ということがしばしば議論される。物価全体、いわゆる一般物価上昇率は、この先かなり長きにわたって押し下げられる可能性が高いだろう。

コロナショックが物価上昇率を押し上げると考える向きの根拠は大きく2つあるだろう。第一は、各国でとられている経済対策によって、財政収支が急速に悪化していること、さらに中央銀行が国債の買入れを拡大し、中銀当座預金と中銀バランスシートを急拡大させていること、の影響だ。こうした財政・金融政策の組み合わせは、中銀当座預金を中心にマネーを拡大させる。マネーの増加がインフレ率上昇につながる、との考えである。

しかし、現金と中銀当座預金からなるマネタリーベース、銀行預金を含むマネーストック、そして物価上昇率の3者の関係は、90年代以降かなり薄れてきている。「インフレーションとはいついかなる場合も貨幣的現象である」というミルトン・フリードマンの説明は間違っている訳ではないが、少なくとも近年の状況は説明できていない。

政府の財政拡張と中央銀行のバランスシート拡大というポリシー・ミックスを実施してきた、日本や他の主要国では、物価上昇率の下振れ傾向は変わらなかった。そうした状況が、コロナショックで一変すると考える根拠はないだろう。

感染予防のためのコストが価格に転嫁

他方、コロナショックを受けた感染予防コストの上昇が、一部の価格を押し上げることは考えられる。つまり、企業が、感染予防策に投じたコストを、値上げを通じて消費者に転嫁することが起こり得るだろう。

例えば、感染予防のために入場者数を制限する小売店、飲食店、映画館、劇場、テーマパークなどの分野では、売上減少分を価格に転嫁する可能性がある。しかし、よほど需要が強くない限り、感染予防のためのコストを完全に価格に転嫁することは難しいはずだ。入場者数を半分にする代わりに、価格を2倍にすることはできないだろう。

その結果生じる、収益性の悪化は、こうした分野からの企業の撤退を促すだろう。消費者も、感染リスクを意識して、こうした分野での支出を以前よりも抑制するだろう。そうした消費行動の構造変化の結果、仮に一時的に価格が上昇するとしても、消費に占めるそれらのセクターの比重は低下していくため、物価指数(固定基準)に占める影響力も、長い目で見れば薄れていく面がある。

他方、コロナショックは、長く続く需要の減少と、需給の悪化をもたらす可能性が高い。これらは、幅広い価格上昇率に強い低下圧力をかけることになるはずだ。

コロナショック後は再び失われた5年か

コロナ問題収束後も、経済の低迷は長期化し、元の経済水準を取り戻すまでにかなりの時間がかかるだろう。筆者の現時点での見通しによると、実質GDPが、マイナス成長に陥る前の2019年7-9月期の水準を取り戻すのは、2024年10-12月期である。リーマンショック後と同様に、実質GDPがそれ以前の水準を取り戻すのに、5年と1四半期かかることになる。また、その間に失われる国民の所得(名目GDP)は、142兆円となる見通しだ。

経済がこのような経路を辿れば、従来と比べて、経済の需給関係がより悪化した状態が長く続くことになる。それが、物価上昇率を押し下げることになる。

新型コロナウイルス問題が生じる前には、生産能力の成長トレンドである潜在成長率は、年0.6%程度であったと推定される(日本銀行による)。その状態が継続するもとで実質GDPが上記のように推移する場合には、「(実質GDP-潜在GDP)÷潜在GDP」という式で算出される需給ギャップは、向こう5年間、新型コロナウイルス問題が生じなかったケースと比較して、平均で4.5%下振れる計算になる。

需給ギャップが1%悪化すると、物価上昇率は0.24%低下するという統計的な関係(日本銀行による)に基づくと、向こう5年間の物価上昇率は、新型コロナウイルス問題がなかった場合と比べて、毎年平均で1.08%程度下振れる計算となる(コラム「経済の後遺症を長期化させる3つの要因と再び失われた5年か」、2020年5月8日)。

向こう2~3年物価は下落基調か

感染予防コスト増加によって一部の財・サービスでは価格の上昇が見られるだろうが、物価全体で見れば、需給の悪化による物価下落圧力の方が圧倒的に大きいだろう。

コロナショック前の消費者物価の基調は、前年比0%~0.5%程度だったと考えられるが、これに需給悪化による物価下落圧力が加わることで、基調的な消費者物価は、向こう2~3年はマイナスで推移することが予想される。

しかし一方で、これをデフレの再来であるとして、積極金融緩和などを通じて政策面から過剰に対応することは控えるべきだろう。金融緩和によって物価上昇率を高めることができないことは、既に日本では証明済みだ。物価上昇率は下落するとしても、それはわずかな下落であり、世界恐慌の際に見られた物価と経済(実質GDP)が相乗的に縮小する、危険な「真正デフレ」とは異なる。

それよりも、コロナショックを受けた個人の消費行動の変化を先取りする形で、産業構造の変化とデジタル化を通じた経済効率の向上を図るような、構造改革を進める政策がより重要である。その結果、労働生産性上昇率、潜在成長率が高まれば、企業の中長期の成長期待が上向き、それが賃金上昇を通じて基調的な物価上昇率を高めることになるだろう。

その実現には相応の時間を要するが、国民生活の改善の観点からも、拙速なデフレ対策ではなく、腰を据えた構造改革の推進を政府には期待したい。

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