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デジタルユーロ構想で副作用への配慮:新クロスボーダー決済制度構築も

2020/10/14

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デジタルユーロの副作用にも焦点

欧州中央銀行(ECB)が10月2日に公表した中央銀行デジタル通貨「デジタルユーロ」に関する報告書(Report on a digital euro)の第2章は、「デジタルユーロを発行する理由:考えられるシナリオと示唆される必要条件」と題され、主にデジタルユーロの利点について議論が展開されていた(コラム「デジタルユーロ構想に7つの狙い:デジタル人民元とリブラを迎え撃つ」、2020年10月9日)。

他方、報告書の第3章「デジタルユーロの潜在的な影響と示唆される必要条件」では、デジタルユーロが金融政策、銀行経営、金融システムに生じさせる問題点、副作用に焦点があてられている。デジタルユーロは、当然ながらそうした点に十分に配慮した設計となることが求められる。以下では、同章の内容を概観してみたい。

デジタルユーロが銀行預金を減らしてしまう可能性

デジタルユーロを発行すれば、現金つまりユーロ紙幣・硬貨を代替し、現金の流通量を減少させる。他方で、現金だけでなく民間銀行が提供するマネーである銀行預金も減少させる可能性がある。それは、銀行預金を用いた決済機能をデジタルユーロが一部代替するためだ。しかし、貸出の原資でもある預金の減少は、銀行貸出に悪影響を及ぼす可能性がある。

これに対して銀行の対抗策としては、3つある。第1は、預金金利を引き上げる、あるいは顧客へのサービスを強化することで、預金がデジタルユーロにシフトすることを防ぐことだ。

第2は、デジタルユーロに資金を奪われて預金が減少した場合でも、銀行が貸出の水準を維持するには、新たに資金を調達する必要がある。中央銀行が銀行からの国債等の資産購入を拡大させ、その分、中銀当座預金が増えれば、それを新たに貸出原資とすることができる。

また、中央銀行がそのようなオペレーションをしない場合には、中央銀行からの借り入れを増やして、貸出原資を調達することが必要となる。その際には、銀行は必要な担保を確保するため、国債等の安全資産を購入する。その結果、国債利回りが低下するなどの影響が市場に及ぶのである。これは、金融緩和と同様な効果を経済に生じさせることになる。

第3は、デジタルユーロに資金を奪われ預金が減少した場合に、銀行は市場から資金を調達する可能性もあるだろう。この場合、調達コストは銀行預金や中央銀行からの借り入れよりも高くなる。

金融システムを不安定化させる可能性

上記の第3のケースでは、デジタルユーロの発行が、銀行の資金調達コストを高め、銀行は利鞘を維持するために貸出金利を引き上げる可能性が出てくる。それは個人や企業の銀行借入を縮小させ、経済活動にマイナスの影響が生じさせるだろう。また、銀行の資金調達コスト上昇による収益悪化を回避するため、銀行は貸出や証券投資などで従来以上にリスクをとり始める可能性もあるだろう。それはいずれ、銀行の財務環境を悪化させ、金融システムの不安定化につながる。

さらに、デジタルユーロの発行によって銀行預金が減少すると、それは銀行の資金決済取引の減少をもたらす。その結果、銀行は貸出先の企業の活動についての情報を入手しにくくなる。これは、銀行貸出の信用リスクを高め、金融システムの安定に悪影響を及ぼし得る。

このように、金融システムが不安定化し、預金者の銀行に対する信頼性が低下すると、それはさらに銀行預金からデジタルユーロへの資金シフトを促すことになる。銀行預金を現金で引き出すよりもデジタルユーロに移すコストの方が低い場合には、そうした資金シフトはより生じやすくなる。それは、場合によっては、深刻な取り付け騒ぎ(バンクラン)を引き起こしかねない。

デジタルユーロの保有制限と付利が検討課題に

また、投資家が国債等の安全資産をデジタルユーロに転換する場合には、国債利回り等は上昇し、それはリスク性資産の利回りも上昇させる。それは経済活動に悪影響を及ぼすだろう。

このような経路で、デジタルユーロの発行が金融システムを不安定化させる、あるいは経済活動に悪影響を及ぼすリスクがあることに十分に配慮して、デジタルユーロを設計することが求められる。

具体的には、金融政策の効果を高めるためにデジタルユーロに複数の金利を付す場合でも、一部の金利を預金金利よりも低く抑えることで銀行預金からデジタルユーロへの大量の資金シフトを抑えることや、企業や個人のデジタルユーロの保有額に制限を設けることなどが検討されるべきだろう。デジタルユーロは、決して魅力的な投資対象となってはならないのである。

デジタルユーロがECBのバランスシートの規模と収益に与える影響

一般に中央銀行が自らの債務であるマネーの発行を増やすと、中央銀行のバランスシートが拡大すると共に、収益が増加する。バランスシートの負債側で増えるマネーは、資産側で増える証券や貸出よりも通常は金利の水準が低いことから(現金はゼロ金利)、プラスの利鞘(純利子所得)を中央銀行にもたらすからである。

この点、デジタルユーロについてさらに検討を深めてみよう。第1に、デジタルユーロが現金を代替するだけであれば、ECBの負債側の現金がデジタルユーロに代わるだけであるため、ECBのバランスシートの規模は変わらない。他方、デジタルユーロがユーロ圏以外の居住者によって大規模に保有される場合には、ECBのバランスシートの規模はその分大きくなる。

第2に、デジタルユーロの発行で、ECBのバランスシートの規模が大きくなる場合には、負債側で増加するデジタルユーロに対応して、ECBは資産側で証券の保有あるいは貸出を増加させることになる。その結果、ECBはよりバランスシートのリスクマネージメントを強化することが求められる。

第3に、金利が付かない現金とは異なり、金利を付けることができるデジタルユーロでは、金利の変動によってECBの純利子所得(シニョレッジ)が変動する。

第4に、現金と同様に、デジタルユーロにはコストが生じる。

第5に、デジタルユーロの発行によって預金が減少した銀行に対して、ECBは貸出を増加させる必要が生じ得る。この場合、デジタルユーロの金利と銀行への貸出金利との差がECBのシニョレッジ、そして収益環境全体に大きな影響を与える。

またECBは、デジタルユーロの発行に伴って生じるコストの回収も考える必要がある。シニョレッジの増加、あるいはデジタルユーロの供給を担う第3者の事業体から手数料を得ること等も考えられる。

ECBが負うレピュテーション(評判)リスク

デジタルユーロの発行には、ECBのレピュテーションを損ねるリスクもある。それは、デジタルユーロの発行が予定していた日程に間に合わない場合、デジタルユーロを供給するITインフラが、サイバー攻撃などによって不安定になる場合、規制対象が及ばない組織の関与によって、デジタルユーロがマネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪に利用される場合などだ。

また、デジタルユーロがユーロ圏各国で等しく利用できない場合も、ECBのレピュテーションは損なわれるだろう。

小口決済制度の効率性と安全性

デジタルユーロの発行は、小口の決済制度の円滑な運用、ユーロの信認維持、経済の効率化をより促す必要がある。

ECBは、①マネタリーベースの管理、決済の確実性の維持、インフラの安全性の維持などを通じたデジタルユーロの効率確保、仲介業者の適切な監視、②ITサービス、顧客サポートなどの観点からの使いやすさの確保、に努める必要がある。

しかし、デジタルユーロの発行に際して、ECBは必要以上に活動範囲を広げてはならないだろう。付随するサービスは、監督下にある仲介者、民間事業者に任せるべきだ。

またECBは、デジタルユーロがすべての人に公平に使われるようにする必要がある。そして、銀行口座を持たない人が支払い手段を奪われるといった金融排除(financial exclusion)を防ぐために、デジタルユーロを発行する場合でも、現金の発行を並行して維持しなければならない。

デジタルユーロの利用は、民間の決済制度と相互に運用可能な形で、ユーロ圏の中で標準化された仕組みでなされるべきだ。

デジタルユーロのクロスボーダー取引の影響

デジタルユーロがクロスボーダーで使われる場合には、幾つかのリスクが生じる。デジタルユーロがユーロ圏外で広く流通すると、それは資金フロー、為替レート、金融政策に不確実な影響を及ぼす。その影響は、デジタルユーロがユーロ圏外の決済制度とどのように結びつくのか、デジタルユーロに金利が付くのか、ユーロ圏外の非居住者のデジタルユーロ取引に制限が設定されるのか、などに依存するだろう。

仮に非居住者が資産のリバランスを行い、デジタルユーロを大量に保有するようになれば、ECBのバランスシートは拡大する。そして、それがユーロ高を生じさせれば、ユーロ圏企業の国際競争力を損ねてしまう。

また、デジタルユーロのクロスボーダー取引は、十分に管理しなければ、テロ資金の調達、マネーロンダリングなど国際的な犯罪にも利用される可能性がある。

さらに、デジタルユーロの海外での利用が広がる場合には、通貨価値が不安定で経済が脆弱な国で、その国の法定通貨がデジタルユーロにとって代わられる可能性がある。小口での支払いや貯蓄手段にユーロが使われ、またユーロの口座が作られることもある。それは、既に多くに国で起きている「ドル化」と同様に「ユーロ化」と表現すべきだろう。そうなれば、当該国での金融政策運営には深刻な支障が生じるだろう。

こうした事態を回避するためには、海外でのデジタルユーロの保有に制限を設けた上で、クロスボーダー取引を、複数の国が導入する中銀デジタル通貨制度の下での複数通貨取引で実現することの是非も検討すべきだろう。

サイバー攻撃のリスクとデータ保護

デジタルユーロは、サイバー攻撃の標的となり得る。それらは、金融政策、金融システムの安定性、決済制度の安全性と効率性に悪影響を与える。それは、結局、デジタルユーロの利用を妨げることになる可能性もある。また、それによって、決済に伴う様々な情報が外に漏れてしまうことにもなる。

そのため、デジタルユーロは、サイバー攻撃に対して頑健なものとする必要がある。また、攻撃を受けて支障が生じた場合には、そこから回復する時間を短くする必要がある。

リブラと同じ問題をデジタルユーロが引き起こす可能性への対応

以上が、ECBが公表した中央銀行デジタル通貨「デジタルユーロ」に関する報告書(Report on a digital euro)の第3章「デジタルユーロの潜在的な影響と示唆される必要条件」の概要である。第2章「デジタルユーロを発行する理由:考えられるシナリオと示唆される必要条件」では、デジタルユーロ発行のメリットに焦点をあてたのに対して、第3章ではそれによって生じ得るデメリットについて主に議論している。

ECBがデジタルユーロの発行の是非について検討を急ぐ背景には、リブラなどの民間デジタル通貨と中国の中銀デジタル通貨であるデジタル人民元に対抗する狙いがある。それらがユーロ圏内あるいはクロスボーダーで利用されれば、ユーロ圏で資金フローや金融政策に悪影響を与え、また、銀行預金を代替する形でユーロ圏の金融システムの安定性にも悪影響を与える。さらに、それらがマネーロンダリングなど犯罪に利用されることも、ECBは強く警戒しているのである。

ところが、ECB自らがデジタル通貨、つまりデジタルユーロを発行しても、全く同じような問題、副作用が生じ得るのである。そこで、デジタルユーロの発行のメリットが、そのデメリットを確実に上回るように慎重に設計することが強く求められる。ECBはデジタルユーロの発行には前向きと見られるが、そうした条件を満たすデジタルユーロを構築するまでには、なおかなりの時間を要するだろう。

副作用、デメリットの対応として、例えば、内外のデジタルユーロの保有額に上限を設けることや金利を付すこと等が検討されている。

新たなクロスボーダー決済制度は米国金融覇権への挑戦か

また、第3章で注目されたのは、低所得国などでデジタルユーロが広く使われ、当該国の法定通貨にとって代わってしまう「ユーロ化」の懸念が示されたことだ。これへの対応としても、海外でのデジタルユーロの保有額を制限することが検討されている。

他方で、海外でデジタルユーロを保有することなく、ユーロ圏との間でクロスボーダー取引が円滑になされるように、中銀デジタル通貨間での交換、決済を各国中央銀行が協調して担う、新たな制度の構築が検討されていることは興味深い。これは、7中央銀行の報告書でも明確に示されており、日本銀行を含む7中央銀行の中で、既にかなり積極的に議論されている論点であることがうかがわれる(コラム「中銀デジタル通貨への取り組みを強化する日本銀行」、2020年10月12日)。

ただし、主要通貨を発行する各国中央銀行が、将来的にそれぞれ中銀デジタル通貨を発行した上で、それらを用いてクロスボーダー取引に関与する新しい国際決済制度を作り上げていく場合、仮に米国がその国際協調の枠組みに参加しなければ、その枠組みは、現在、国際決済制度を事実上支配する米国の金融覇権に対する挑戦の構図となるだろう。

その場合、日本が米国と袂を分かつ形で、中銀デジタル通貨「デジタル円」の発行の検討を進められるのかどうか。それは、今後の大きな焦点の一つとなってくるのではないか。

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