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出向への雇用調整助成金制度拡充で労働の流動化に

2020/11/10

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3次補正で出向への雇用調整助成金拡充へ

コロナショックへの対応からANAやJALなどが検討している他業種への出向制度は、新たな形での人材流動化の形につながるもので、円滑な産業構造の変化を促すことにも寄与するのではないか(コラム「コロナが引き起こす新たな大量出向スキームの帰趨」、2020年10月30日)。また、こうした試みを政府としても強く支援することは妥当だろう。

ANAは従業員をグループ外企業に、来春までに400人以上出向させる計画である。その際、出向先には人件費の負担を求めない、と少なくとも当初は説明していた。大量出向は、人件費抑制を目指したものだが、自ら出向者の人件費をANAが負担するのであれば、人件費抑制策にはならないように思われる。

その疑問を解く鍵は、雇用調整助成金制度にある。雇用調整助成金は、経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、一時的な雇用調整を実施することによって、従業員の雇用を維持した場合に、その人件費に対して助成される制度だ。その一時的な雇用調整の中に、休業、教育訓練と並んで、この出向が含まれているのである。

雇用調整助成金制度は、雇用者を維持する企業に1人1日8,370円を上限に支給する。助成率は中小で3分の2、大企業で2分の1である。ただし、コロナ対策で特例として助成率は最大で100%、上限額も1万5千円へと倍増している。さらに、厚生労働省は、グループ外企業への出向について、雇用調整助成金の助成率引き上げや上限額の引き上げを検討している。

菅首相は、2020年度3次補正予算の編成を10日の閣議で指示する方針だ。3次補正の中には、雇用調整助成金制度の延長と共に、このグループ外企業への出向についての拡充策が盛り込まれるだろう。

「雇用シェア」よりも人材の流動化

ANAは、出向期間を半年から2年程度と想定しており、出向先への転籍はないと説明している。しかし同社の売り上げがコロナショック前まで戻らないのであれば、本人の意思を尊重したうえで、出向から転籍へと移行する、つまり出向先から戻ってこない人が部分的に出てくることは、既に視野に入れているのではないか。

この大量出向制度は、コロナショックによる大きな打撃を受けた業種から、そうでない業種が一時的に雇用者を受け入れる「雇用シェア」とも呼ばれている。しかし同制度は、人材の流動化と有効利用に活用されて、初めて大きな意義を持つように思われる。

コロナショックによる消費行動の変容によって、運輸、小売、飲食、宿泊などのサービス業種では、売上高は元の水準には戻らないだろう。その際に、雇用を削減することなく従業員を他業種へと移すために、この出向制度が活用できるのではないか。また、それは、産業構造の転換が円滑に進むことを助けるだろう。

雇用調整助成金制度に労働移動と産業構造転換を促す機能を

政府は、持続化給付金や雇用調整助成金制度を通じて、コロナショックで大きな打撃を受けた分野の企業や雇用を守る政策を進めている。こうした政策は現時点では正しい。しかし、顧客が元に戻らず競争力を失ってしまった企業を、税金でずっと助け続けるのは正しくないだろう。来年以降は、そうした企業が業態・業種転換をしていくことを助け、従業員の転職を助ける施策が重要になってくる。給付金も単純な支援から、転業や転職を促すものへと、変容させていくことが重要となるのではないか。

そして、雇用調整助成金制度も、雇用維持の目的に加えて、労働移動を促す役割も併せて果たすよう、運用を修正していくことが重要だろう。

現在の制度の下では、出向元企業に戻ることを前提に、助成金が支給されている。しかし、一定期間の出向を経て、出向先企業と出向者が合意の上で転籍した場合、現在の制度設計の下では、出向元企業が雇用を維持するとの約束を果たさず、助成金を不正に受け取ったとの紛争が生じることはないだろうか。そして、企業が、助成金の返還を求められるような事態にならないだろうか。

もしそのような混乱が生じる可能性があるのであれば、出向制度を通じた人材の流動化は妨げられる。そうした事態を回避するためには、給付の増額だけでなく、雇用調整助成金制度の規定や運用を変更した上で、出向に対する助成を拡充していくことが政府には求められよう。

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