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雇用統計の数字ではFRBは正常化を急がない

2021/07/05

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コロナショックで雇用統計の精度は低下

米労働省が7月2日に発表した6月分雇用統計では、非農業部門雇用者数(季節調整済み)が前月比85万人増加し、事前予想の70.6万人を大きく上回った。前回5月分の雇用統計では雇用者増加数が事前予想を下回り、その原因が需要の回復力の弱さにあるのか、それとも労働市場での供給制約、人手不足にあるのか、を巡って議論が大いに高まった。

今回の数字は、人手不足が緩和に向かうなか、需要の回復が素直に雇用の増加につながったもの、との楽観的な解釈が株式市場には広がったようだ。2日の米国株式市場では、主要株価3指数が軒並み最高値を更新した。

一方、債券市場、為替市場の反応は鈍かった。雇用統計が米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策に与える影響について、方向感が定まらなかったからだ。それは、失業率が前月の5.8%から5.9%へと予想外に上昇したことなど、弱い内容も含まれていたためだ。

実際、FRBが単月の数字で政策姿勢を大きく決めることはない。そもそも、6月分雇用統計では、統計の技術的な歪みによって非農業部門雇用者数が上振れる可能性は、事前に指摘されていた。コロナショックによって、雇用の季節的なパターンが従来から変化し、その結果、季節調整値の振れが大きくなっている。

それは、例えば教育分野の雇用だ。例年は学校が夏休みに入る6月に雇用は大きく減少し、秋になって学校が再開されると雇用は増える。季節調整はこうした季節的な要因による変化を調整するものであることから、6月の季節調整値は実際の数字(原計数)よりも小さく、秋になると季節調整値は実際の数字よりも大きくなる。ただ、コロナ下では6月の時点ですでに教育分野の雇用が例年よりも減少する一方、夏期補習プログラムの拡大によって、6月には学校側が多くの雇用維持に動いた。このため、従来の季節パターンを用いて季節調整すると、6月分の雇用の季節調整値は実勢よりも大きく上振れるのである。

これは一例であるが、単月の数字は振れが大きいことに加えて、コロナショックによって雇用統計の季節調整値の精度はさらに低下している。この点を踏まえれば、FRBが6月分の雇用統計で政策の方向性を決めることはないだろう。

人手不足の緩和を確認するにはなお数か月必要

一方、労働供給の制約、人手不足の問題もまだ続いている。6月分雇用統計では、コロナショックの打撃を最も受けたレストランや小売店などサービス業の雇用増加が目立った。しかし、雇用の需要が最も高まっているのはむしろ川上の産業であり、そこでは深刻な人手不足はまだ続いているのではないか(コラム「米国の供給制約・インフレ懸念とブルウィップ効果」、2021年7月2日)。

労働供給が伸びない背景には、コロナショックの影響がある。失業手当の上乗せ措置によって、失業手当の受給者が職探しをする意欲が減退していることや、保育施設の利用が困難な状況や学校がオンライン授業であることから、子供を持つ女性が復職をためらっていることが指摘されてきた。

6月分雇用統計で、働く女性の数は7,140万人と、前月から約13万人減少した。また成人女性の労働参加率は56.2%と横ばいで、コロナ問題が始まった際の57.8%を依然大きく下回っていることは、それを裏付けている。それ以外でも、感染リスクを警戒して、失業者が仕事を再開することをためらう傾向やコロナ疲れをした失業者が、夏のバカンス時期を楽しんだ後まで再就職を先送りする傾向があることが労働供給を制約している、との指摘もある。

しかし既に学校での対面授業は再開されてきており、また9月には失業給付の上乗せが終了し、夏休みシーズンも終わりを迎えることから、秋までには深刻な人手不足は解消に向かう可能性が十分に考えられる。それをメインシナリオに据えて良いだろう。ただし確実なものではないことから、市場もFRBも労働市場の状況を見極めるまでに、まだ数か月程度の時間は必要となる。

FRBは「インフレを懸念する市場を最も懸念」

仮に、深刻な人手不足が緩和され、賃金の加速が落ち着いてくれば、足もとでの物価上昇率の大きな上振れも一時的で終わるだろう。しかし、人手不足のもとで賃金の加速傾向が仮に長引くと、物価上昇傾向はより範囲を広げ、定着してしまう可能性も強くは否定できない。

FRBが警戒する経済市場は、雇用統計よりも物価統計であるかもしれない。物価上昇率の上振れは一時的との見方がFRB内では主流と考えられる。しかし、物価上昇率の上振れを示す物価指標の発表が今後も続けば、市場の持続的なインフレへの懸念がより高まる可能性がある。その場合には、長期金利が上振れて、米国の金融市場全体が混乱し、また、新興国からの資金流出を招くなど、その影響はグローバルに広がる可能性もあるだろう。

そうした事態を回避するには、市場のインフレ懸念が顕著に高まった場合に、FRBはすかさず金融政策の正常化を急ぐ姿勢を市場にアピールし、物価安定に向けたFRBへの信認を高める必要が生じる。

この点から、FRBの金融政策姿勢に最も影響を与えるのは、雇用、物価指標の上振れよりも、市場のインフレ懸念の高まりなのではないか。FRBは「インフレを懸念する市場を最も懸念」しているのである。

(参考資料)
"Jobs Are Hard to Fill, and Ideology Makes It Hard to Understand Why", Wall Street Journal, July 1, 2021

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