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経済安全保障法案策定に向けた動きが加速

2021/12/02

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法案策定に向けて有識者会議が初会合

政府は来年の通常国会に経済安全保障法案を提出する方針で、年末に向けてその策定に向けた動きが加速してきている(コラム「本格稼働を始める経済安全保障政策」、2021年12月1日)。政府は関係閣僚から構成される「経済安全保障推進会議」の第1回会議を11月19日に開催した。岸田首相はその場で、法案策定の準備を進めるために、内閣官房に「経済安全保障法制準備室」を設定することを表明した。一方で、有識者会議を立ち上げ、法案について専門的な見地から検討を進めることとしたのである。

そうした経緯で発足した「経済安全保障法制に関する有識者会議」が11月26日に初会合を開いた。有識者会議は、オンラインを含めて会合を重ね、来年2月までに法案に関する提言を出す方向だ。

初会合では、事務局である内閣官房の経済安全保障法制準備室から資料が示されたが、そこから政府が今後の法案策定に向けた議論をどのように方向付けようとしているかを読み取ることができる。

3つの新たなトレンドとは

同資料では、「我が国は、自由で開かれた経済を原則として、民間主体による自由な経済活動を促進することで、経済発展を続けてきている。他方で、近年、3つの新たなトレンドが進展する中、国民の安全・安心に対する新たなリスクが顕在化しており、経済政策を安全保障の観点から捉え直す必要が高まっている」と、経済安全保障政策の重要性が整理されている。

3つの新たなトレンドの第1は、「産業基盤のデジタル化と高度化」である。産業基盤のデジタル化が進むことで、基幹インフラに対するサイバー攻撃の脅威が高まっている。また、半導体不足による影響も甚大となっている。5G機器やシステムの調達など基幹インフラ事業者の設備について、供給事業者を通じた安全保障上のリスクが高まっている。

第2は、「新興国の経済成長とグローバル・バリューチェーンの深化」である。新興国の経済成長とグローバル・バリューチェーンの深化によって、日本を取り巻く国際分業体制が変化した。その結果、特定の物資の調達が、国際的な供給ショックに対して脆弱になっている。それは半導体、あるいはコロナ禍でより顕在化したマスク、医療用機器などである。

第3は、「安全保障の裾野拡大」である。安全保障上の各国間の競争が、経済・技術分野に急速に拡大している。科学技術、イノベーションが激化する国家間の覇権争いの中核となってきた。

中国の脅威への対抗に議論は集中

日本の経済安全保障政策の源流は、岸田首相が自民党政調会長時代に自民党内に創設した「新国際秩序創造戦略本部」にある。同本部は5月に示した「中間とりまとめ」で、経済安全保障政策を「わが国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」と定義した(コラム「岸田政権の経済安全保障政策を検証する」、2021年10月6日)。

そこでは、わが国の独立と生存及び繁栄を脅かすものとして、明示はされていないが中国の脅威、そして自然災害の2つが主に想定されていた。ここでの経済安全保障政策の議論は、国土強靭化計画とも連動していたのである。

しかし今回の有識者会議の資料を見ると、後者の自然災害への対応は抜け落ちており、中国の脅威への対抗に議論は集中しているように見える。

先般の経済対策には、データセンターの首都圏から地方への分散に関わる政策が盛り込まれた。首都圏で大規模災害などが発生すると、全国でネットサービスが利用できなくなる恐れがあることへの対応だ。このように、自然災害への対応は引き続き行われているものの、それは経済安全保障政策とは別枠での対応となってきたように見受けられる。

出遅れた経済安全保障政策で他国にキャッチアップ

また、有識者会議の資料は、経済安全保障政策の推進に関わる法整備が、日本は他国に大きく後れをとっていることを強調する構成となっている。有識者らに対して、できるだけ早期に法案を策定することの必要性を訴える狙いがあるのだろう。

例えば、国内への半導体の工場・設備を導入することを支援すること等のために、米国では「2021年国防授権法」が制定された。また、知的財産の海外流出を防ぐ「重要・新興技術国家戦略」が2020年に打ち出されている。中国でも国の安全と利益を守るための「輸出管理法」が、2020年に制定された。

他方、各国は先端半導体の確保に巨額の予算を投じている。米国は、既述の「2021年国防授権法」のもとで、最大3,000億円/件の補助金や「多国間半導体セキュリティ基金」の設置を決めている。また、5.7兆円の半導体関連投資を含む「米国イノベーション・競争法案」が議会で審議されている。

欧州連合(EU)は、2030年に向けたデジタル戦略を発表し、その中で、デジタル移行(ロジック半導体、HPC・量子コンピュータ、量子通信インフラ等)に17.5兆円を投資する計画を示した。

中国は2015年に制定した「中国製造2025」で、半導体の内製化を進める計画を示し、2019年には「国家集積回路産業投資基金」を設立して、半導体関連技術に5兆円超の大規模投資を行った。さらに地方政府でも5兆円超の半導体産業向け基金が存在している。

法制化で4つの優先課題

「経済安全保障推進会議」では、「今後取組を強化する上で、法制上の手当てを講ずることによりまず取り組むべき分野」として、以下の4つの課題を示している。

  1. サプライチェーン:国民生活や産業に重大な影響が及ぶ状況を回避すべく、重要物資や原材料のサプライチェーンを強靭化
  2. 基幹インフラ:基幹インフラ機能の維持等に係る安全性・信頼性を確保
  3. 官民技術協力:官民が連携し、技術情報を共有・活用することにより、先端的な重要技術を育成・支援する枠組み
  4. 特許非公開:イノベーションの促進との両立を図りつつ特許非公開化の措置を講じて機微な発明の流出を防止

この4点は、有識者会議の資料にも再掲されている。政府としては、この4点を中心に据えて法案策定の議論を進めて欲しい、という強いメッセージがあるのだろう。実際にそうなるだろう。

この4点のうち、(1)サプライチェーン、(2)基幹インフラについては、自民党の「新国際秩序創造戦略本部」で議論されてきた、経済安全保障政策のまさに中心テーマである。これに対して、(3)官民技術協力、(4)特許非公開の2つは、比較的最近の議論を反映したものである。

(3)官民技術協力については、明確には示されてはいないが、重要技術を育成・支援することよりも、それらが中国に流出しないことに重点が置かれているのではないか。2021年6月にまとめられた産業構造審議会・安全保障貿易管理小委員会の中間報告では、日本に居住する留学生や労働者のうち、外国政府・法人などの国外の関係者と雇用契約を結び、また外国政府に生活費を依存するなど強い影響を受けている者は、輸出管理の対象として扱うべき旨が提言されている。

(4)特許非公開についても、重要な技術が中国に流失しないことへの対応というのが最大の狙いだろう。日本とメキシコ以外の主要20か国・地域(G20)では、軍事転用可能な重要技術の特許出願には公開制限を行う秘密特許制度がある。日本には該当する制度がないため、公開されることで機微技術が流出することが懸念されてきた。

自由な経済活動と規制強化のバランス

(1)サプライチェーン、(2)基幹インフラについては、政府が企業に対して補助金などを通じて支援する内容であるが、(3)官民技術協力については、企業に重要情報を管理し、海外に流出しないような措置を義務付ける規制色が強いものとなろう。それは政府による民間経済活動への関与の強化に他ならない。

(1)サプライチェーン、(2)基幹インフラ、については、安価な輸入品をよりコストの高い国産品あるいは他の輸入品に置き換えていくという側面がある。それは、国民の負担につながるものだ。

他方で、(3)官民技術協力については、企業に新たな負担となり、また、自由な企業活動を制限するという側面がある。民間経済活動に大きな悪影響を及ぼせば、それは経済安全保障政策の本来の狙い、主旨に反することになってしまう。

有識者会議の初会合でも、「規制対象の明確化や、企業への丁寧な説明が必要だ」などの指摘があがったという。また法制化の優先課題として、「セキュリティークリアランス制度」も候補にあがった。これは、機密情報の漏洩を防ぐために、機密情報へのアクセスを、これを悪用しない人物に限定するために政府が運用する信用資格制度のことだ。保護すべき情報を政府が指定し、またアクセスできる人の信用を政府が評価して承認する。ただしこの制度は私権制限につながるとの懸念を示す公明党に配慮して上記の4分野には含まれなかったという。

経済安全保障政策の適用範囲をいたずらに拡大させれば、大きな弊害も生じてくる。そうしたリスクを減らするよう、法制化作業の中では慎重な議論が求められる。

(参考資料) 「経済安全保障法制に関する有識者会議・第1回資料3

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