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米国大統領令で始まったデジタルドルの本格検討

2022/03/11

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「デジタルドル」の発行に向けた課題を検証

バイデン米大統領は9日、暗号資産(仮想通貨)に関する大統領令に署名した。その中で、中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)、いわゆる「デジタルドル」の発行に向けた課題を検証するよう、関係各機関に指示している。またこの大統領令は、「デジタルドル」の発行に議会の承認が必要かどうかの調査についても司法省に指示している。発行に向けて大きな課題、あるいは障害となりえる法的な側面からの検討にも着手したのである。

これは、米国政府が「デジタルドル」の発行を決めたことを意味するものではないが、従来と比べてかなり前向きに、そして本格的に発行を検討し始めたことを裏付けるものだ。この大統領令が、将来の「デジタルドル」の発行に向けた大きな転機となることも考えられる。

今年1月には、米連邦準備制度理事会(FRB)が、中銀デジタル通貨に関する初の報告書を公表したが、その内容は、中銀デジタル通貨の論点整理にとどまっていた。FRBが米国での中銀デジタル通貨、「デジタルドル」発行の議論を主導していく意図はなく、判断は国民、議会に任せる、という趣旨をその報告書で示していた(コラム「デジタルドルに慎重姿勢を続けるFRB(中銀デジタル通貨報告書)」、2022年1月24日)。これは「デジタルドル」発行の判断を政府側に任せたことを意味するが、今回の大統領令は、それに対する政府の反応とも読める。

「デジタルドル」が米国の金融覇権を自ら揺るがす懸念

従来、米国政府やFRBは「デジタルドル」の発行に慎重な姿勢であった。その発行は幾つかの問題を生じさせる可能性があるからだ。それは第1に、銀行預金から「デジタルドル」に急速に資金がシフトすれば、銀行の信用創造機能を損ね、また銀行経営を揺るがしかねない、第2に、「デジタルドル」もマネロンなど犯罪に利用される可能性がある、第3に、「デジタルドル」を利用した取引履歴がすべてFRBに把握されるといったプライバシーの観点からの懸念が国民の間にある、そして第4は、国際銀行送金制度に基づく米国の世界の金融覇権を揺がす恐れがある、ことだ。

米国はSWIFT(国際銀行間通信協会)と米銀のコレルス業務を通じて、世界の資金の流れのかなりの部分を把握している。また、先般のロシアの銀行をSWIFTから除外したように、SWIFTを敵対国への制裁手段としても利用してきた。「デジタルドル」が発行され、国際決済にも用いられるようになれば、国際銀行送金制度に基づく米国の世界の金融覇権が維持されなくなる可能性が出てくるのである。また海外で「デジタルドル」が利用されることで、ドル化が一気に進み、当該国の銀行システムに甚大な打撃を与えるリスクも高まる。

政権交代、暗号資産の拡大、デジタル人民元が背景に

トランプ前政権のムニューシン財務長官(当時)は2019年12月に、「米国では中銀デジタル通貨の発行については、少なくとも向こう5年間は不要であり、この点でFRBも同意見である」との主旨の発言をし、「デジタルドル」発行の議論を事実上封じた。その時点から、今回の大統領までの間に、米政府はかなり姿勢を変えたことになるが、その背景は大きく3つあると考えられる。

第1は、2021年のバイデン民主党政権の誕生である。左派政権らしく、バイデン政権の下では、銀行口座を持たない国民にも金融サービスを提供するという、いわゆる「金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)」の観点から、「デジタルドル」発行の利点が検討され始めた。

第2は、暗号資産(仮想通貨)、とりわけドルなど法定通貨と価値が連動するデジタル通貨「ステーブルコイン」の拡大である。それが広く利用され、現金や銀行預金を代替するようになると、中央銀行の業務が妨げられる、金融政策の効果が低下する、銀行システムを不安定化させる、マネロンなどの犯罪に使われる、等の問題が生じる。

ホワイトハウスのデータでは、米国の成人の16%程度に当たる約4,000万人が暗号資産の投資、取引、利用を経験している。また暗号資産の時価総額は2021年11月に3兆ドル超に達し、5年間で約200倍にまで膨張したという。大統領令では、この巨大となった暗号資産市場が消費者、投資家、経済全般に及ぼすリスクについて、連邦当局に検討を促している。当局は数か月をかけて報告書をまとめ、ホワイトハウスに新たな規制措置を提案する見込みだ。

日本など他国での中銀デジタル通貨の発行議論にも大きな影響

第3は、デジタル人民元の発行である。中国国外でのデジタル人民元の利用が広がれば、それは人民元の国際化の起爆剤となり、徐々にドルの地位を低下させていく可能性がある。これを回避するには、米国も中銀デジタル通貨「デジタルドル」を発行し、ドルを海外でもより便利に使うことができるようにする必要が生じる。

米国が実際に「デジタルドル」の発行を決めるまでには、なお時間を要するだろうが、今回の大統領令は、発行に向けた歩みを進め始めた印象を与える。日本を含め、他国での中銀デジタル通貨の発行にも大きな影響を与えることになるだろう。

中銀デジタル通貨が発行されても、紙幣、硬貨は並行して使われるが、長い目で見れば、少額の法定通貨の担い手は、紙や金属といった素材から、電子媒体へと置き換えられていく可能性が高いだろう。

(参考資料)
"Should the U.S. Issue a Digital Dollar, Which Could Compete With Crypto Assets?", Wall Street Journal, March 11, 2022
"Bitcoin Price Surges on Biden’s Crypto Executive Order", Wall Street Journal, March 10, 2022
「デジタル通貨:デジタルドル発行検証へ 米大統領、FRBに準備指示」、2022年3月10日、毎日新聞

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