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インド太平洋経済枠組み(IPEF)と米国・台湾の新たな経済連携:米国の対中戦略を考える

2022/06/03

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IPEFの位置づけは不明確

バイデン政権は5月に、インド太平洋経済枠組み(IPEF)を創設する協議を開始した。参加国による閣僚会合は、今夏にも開かれる見通しだ。このIPEFには、インド、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどに加え、東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国のうち7か国が名を連ねた。その後、フィジーも参加を表明している。

ただし、IPEFの位置づけは不明確であり、また、将来どのような姿に発展していくのかはまだ見通せない状況だ。第2次世界大戦以降、米国は、他の国々の民主化を進め同盟国に組み入れていく手段として、貿易協定を利用してきた。つまり、自国の市場を開放するという「アメ」を提供することを引き換えに、他国に米国のルールに従い、仲間に入ることを求めたのである。

この点に照らすと、中国への対抗からアジア諸国の国々を米国の友好国に誘い込む手段としては、IPEFはまさに異例である。それは自由貿易協定(FTA)などの貿易協定ではなく、関税引き下げを通じて米国市場の他国への開放を進める「アメ」がないからだ。

中国からの安い製品が国内労働者の職を奪っているという前トランプ政権の主張の影響が残る中、新たな貿易協定の締結に米国議会は否定的であり、議会承認されるめどは立たない状況だ。そのため、バイデン政権は中国に対抗するためにアジア地域で、自由貿易協定など新たな貿易協定を締結することは難しい。その代替策がIPEFなのである。

IPEFは貿易協定にはない新たな分野に対応

IPEFは、①貿易、②供給網、③インフラ・脱炭素、④税・反汚職の4分野で構成され、それぞれの分野で政府間協定を結ぶ交渉が始められる見込みだ。具体的な内容はまだ公式には明らかにされていないが、①貿易の分野では、デジタル、労働、環境で新たなルールを設けることが検討されている模様だ。そこには、企業にサーバーの設置義務を課してデータを自国内に保存させる「データローカライゼーション」規制の緩和なども含まれる。②供給網の分野では、各国で半導体などの戦略物資について在庫や生産能力といった情報を共有する体制を整える。③インフラの分野では、中国の広域経済圏構想「一帯一路」に対抗して、低利融資などの支援策をまとめる見通しだ(コラム「バイデン大統領訪日時に発足させるインド太平洋経済枠組み(IPEF)とは何か?」、2022年5月20日)。

貿易協定のような強い拘束力は加盟国に求めない一方で、米国にとっては、アジアの主要経済国をこれまでの協定ではできなかったやり方で米国の影響下に引き込める可能性があると考えられる。IPEFはサプライチェーン(供給網)の回復力、テクノロジーに関する基準や輸出規制など、新しい分野に対応しているためである。

またIPEFが、国境をまたぐ情報の流れを阻害する「データローカライゼーション」を禁止したり、個人情報の保護を優先したり、デジタルサービスに関する海外、国内サプライヤーの平等な扱いを保証する枠組みへと発展してく可能性もあるだろう。

加盟国には「アメ」がない中「ムチ」だけが増えていくことへの警戒も

ただし、IPEFに加盟を表明している国、特にASEANの国は、米国市場へのアクセス強化という「アメ」がない中、米国の対中国戦略に組み込まれ、様々なルールを受け入れさせられるという負担、いわば「ムチ」だけが増えていくことを警戒しているのではないか。その一つの表れが、インドネシアがロシア、ベラルーシ、カザフスタンなどが加盟するユーラシア経済同盟(EAEU)との間でFTA締結に向けた交渉を開始することだ。IPEFに加盟するからといって、インドネシアが米国陣営に強く取り込まれるつもりではないのである。

米国と台湾の新たな経済連携協議の枠組み

今後、米国がIPEFをどのように機能させていくかを占ううえでは、米国と台湾が新たに発足させる経済連携協議の枠組み「21世紀の貿易に関する米台イニシアチブ」が、どのようなものであり、またこの先どのように発展していくかが試金石になるのではないか。

台湾は、IPEFの協議に参加しなかった。台湾が参加すれば、IPEFが中国に対抗するための中国封じ込めの枠組みという性格が強まり、中国の強い反発を招くことから、ASEAN諸国が参加を見送る可能性があった。そこで、米国は台湾をIPEFに招かず、その代わりに米国と2国間の協議の枠組みを設置したのである。

この枠組みでは、貿易促進やデジタル分野、気候変動対策などの幅広い分野を話し合い、米台間の既存の協議を格上げする方向で経済関係の強化を図るとされている。また、行政規制や農業、業界標準をめぐる協力強化も検討されている。ただし、米国の最大の関心は半導体分野にあるだろう。

米国は、「フレンドショアリング」と呼ばれる政策で、半導体の調達先をより友好的な国々に移していき、自国あるいは友好国の中国依存を軽減したがっている。

ホワイトハウスの報告書によると、2021年に世界に供給された先端半導体のうち、92%は台湾の半導体ファウンドリー(受託生産)最大手、台湾積体電路製造(TSMC)が占めている。米国の当面の最優先課題は、台湾を中核として、半導体生産の中心地であるアジア地域で、中国を排除した形での半導体調達のネットワークを構築していくことだろう。

中国が主導してきた地域的な包括的経済連携(RCEP)が年初に発効するなど、東アジア地域の貿易促進では、米国は中国にリードを許している状況だ。米国がFTAを通じて米国市場へのアクセスを強化するという「アメ」の施策を提示できない中、IPEFという米国主導の枠組みにASEAN諸国をとどまらせ、対中の枠組みへと結束を強化していくためには、どのようなメリットを与えることができるか、早急に検討する必要があるだろう。

米国が半導体の確保、中国の封じ込めなど、自国の利害を優先した姿勢だけを見せていては、結局その実現自体が遠のいてしまうことにもなりかねない。

(参考資料)
"To Draw Asia Closer, U.S. Tries an Alternative to Traditional Trade Pacts", Wall Street Journal, June 2, 2022
"U.S. Launches Initiatives to Boost Economic Ties With Taiwan", Wall Street Journal, June 2, 2022
「米台 新たな経済枠組み IPEF代替、対中念頭」、2022年6月2日、産経新聞

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