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米国景気後退観測と雇用情勢の乖離をどう解釈するか?

2022/07/12

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高まる米国景気後退懸念

金融市場では、米国景気後退(リセッション)への懸念が日々強まる方向にある。米連邦準備制度理事会(FRB)による急速な利上げ(政策金利)が進む一方、物価上昇率が明確に低下する兆候がまだ見られていないためだ。FRBが物価の安定回復を優先して景気を犠牲にするとの観測が、金融市場では景気後退への懸念を強める要因となっている。ただし、景気後退を見込む向きでも、その多くは来年の景気後退入りを予想している。

しかし企業経営者の間では、米国景気は既に後退局面に陥ったとの見方も出てきている。企業幹部を対象とした全米産業審議会(コンファレンスボード)の最新調査によると、最高経営責任者(CEO)など企業幹部750人のうち、1年~1年半以内に景気後退入りすると予想したのは60%超となった一方、すでに景気後退入りしたと考えている割合は15%に達している(コラム「広がり始めたR-Word:米国景気後退(リセッション)観測」、2022年6月24日)。

今年上期は2四半期連続でのマイナス成長か

既に景気後退入りという企業経営者の肌感覚は、経済指標にも表れている。第1四半期の実質GDPは年率換算で1.6%縮小した。その背景には、輸入増加と在庫縮小があった。

ウクライナ侵攻、エネルギー価格上昇などを受けて、企業が生産を抑制したため、輸入増加と在庫縮小によって国内需要が満たされる形となった可能性が考えられる。他方、そうした傾向が必ずしも一時的であるとは言えないのは、第2四半期もマイナス成長となる可能性が高まっているからだ。アトランタ連銀のモデルは、第2四半期の実質GDPが再び年率換算で2.1%程度縮小することを示している。在庫削減が引き続き最大のGDPの押し下げ要因となったとみられている。

簡易的な景気判断手法では、2四半期連続で実質GDPが前期比マイナスとなれば、それは景気後退と判断される。

6月は予想以上の雇用増加も正常化には遠い

他方で、雇用関連統計は景気後退入りを示唆していない、と言える。GDP統計と雇用統計は異なるシグナルを発しているのである。米労働省が7月8日発表した6月分雇用統計によると、非農業部門就業者数は季節調整済み前月比37万2,000人増加し、事前予想の25万人増程度を大きく上回った。失業率は横ばいの3.6%で、約50年ぶりの低水準を維持している。

ただし、雇用者数は予想以上に増加したものの、その水準は新型コロナウイルス問題前の2020年2月の水準を、まだ52万4,000人も下回っている。さらに、この間の人口増加の影響を考慮に入れれば、新型コロナウイルス問題前のトレンドまで雇用者数が戻るためには、あと300万人程度の雇用が増加する必要があると計算され、雇用情勢の正常化にはまだまだ遠いことが分かる。

他方で、労働供給はなかなか増えない。6月の労働参加率(労働力人口(就業者数+失業者数)÷16歳以上の全人口)は62.2%と前月の62.3%から低下し、非労働力人口は前月から51万人も増えた。失業率が低いのは、コロナ問題を受けて離職し、職探しもしていないため失業者にカウントされない非労働力人口が減らないからだ。仮に労働参加率がコロナ問題前と同じであるとして計算すれば、失業率は5.5%となる。

「ジョブレス・リカバリー」と逆の状況

米国で景気後退を公式に判定するのは、経済学者らで構成される全米経済研究所(NBER)だ。NBERが判断で特に重視するのは、雇用指標である。過去の景気後退時に、雇用者数は平均で3%減少した。また失業率は、第2次大戦後の12回の景気後退時に、失業率は中央値でみて3.5%ポイント上昇した。いずれの景気後退時にも失業率が6.1%を下回ったことはない。過去の景気後退期の雇用情勢と足元の雇用情勢から判断すると、米国経済は景気後退に陥っていないと言える。

近年は、景気回復時にも雇用が回復しない「ジョブレス・リカバリー」が注目されてきた。現状はそれとは逆に、GDP統計では2四半期連続のマイナスとなり、簡易的な判断手法では景気後退の可能性がある一方、雇用は増加を続け、失業率はかなりの低水準にある。

ただし既に見たように、労働市場は依然として新型コロナウイルスの影響を強く受けており、表面的な数字から堅調とは言えない。

来年にかけて景気後退入りの可能性はそれなりに高いか

新型コロナウイルスとウクライナ問題を受けて、米国の労働市場、企業の生産活動、消費者行動は大きくかく乱された状況にあり、従来注目されてきた経済指標から、米国景気の現状と景気局面を判断するのはかなり難しくなっている。

現状では、米国経済が景気後退に陥ったと総合的に判断するのは早計ではないかと思う。ただし、新型コロナウイルスとウクライナ問題によって経済活動がかく乱されても、米国経済の構造には大きな変化はないだろう。その場合、米国経済が金利に非常に敏感という大きな特徴は失われていないはずだ。

現状では米国経済は景気後退に陥っていないとしても、FRBが40年ぶりの物価高に対して40年ぶりの急速なペースで利上げを進め、景気を犠牲にしてでも物価安定確保を目指す姿勢を続ける中では、やはり今年後半から来年前半などにかけて、米国経済が後退局面に陥る可能性は、それなりに高いとみておくべきではないか。

(参考資料)
"If the U.S. Is in a Recession, It’s a Very Strange One(米リセッション入りか、低失業率は異例)", Wall Street Journal, July 6, 2022
"The Fed Can't Print More Workers(増えない労働者、FRBにも打つ手なし)", Wall Street Journal, July 9, 2022

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