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中長期インフレ予想の上昇を許すことのリスク(日銀金融政策決定会合)

2022/10/28

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円安進行が物価押し上げの主因に

日本銀行は10月28日に開かれた金融政策決定会合で、大方の予想通りに金融政策の維持を決めた。併せて示された展望レポートでは、2022年度の消費者物価指数(除く生鮮食品)の予測値(政策委員見通しの中央値)を、前回7月の+2.3%から+2.9%へ、2023年度については+1.4%から+1.6%へ、それぞれ上方修正した。

実際には、2022年度の物価上昇率は+3%を超え、日本銀行の物価目標を1%ポイント以上上回る可能性も十分に考えられるところだ。消費者物価上昇率のピークは、来年1月の前年同月比+3.8%程度と見込んでおきたい。

ところで、日本銀行が物価上昇率見通しを前回から上方修正した大きな理由に、その間の円安進行がある。内閣府の日本経済モデルによると、年初から30%程度の円安は、今年度の消費者物価上昇率を+0.5%程度、前回7月の展望レポートから足元までの7%程度の円安は、消費者物価上昇率を+0.1%程度押し上げると予想される。

日本銀行が10月13日に発表した企業物価統計(9月速報)は、日本の物価高のけん引役が、海外での商品市況(原油・天然ガスの価格、食料価格など)から円安にシフトしてきていることを裏付けた(コラム「為替介入でも止まらない円安が物価高懸念の中心に」、2022年10月13日)。日本銀行の金融政策が、為替の変動を通じて日本の物価情勢に大きな影響を与える局面となってきたのである。

円安の影響も受けた中長期のインフレ予想の上昇は経済に逆風

経済の安定の観点から注意を払わなければならないのは、企業や家計の中長期のインフレ予想が大きく上振れていることだ。今月発表された短観(9月調査)では、全規模全産業の企業の5年先の物価上昇率見通しが、日本銀行の物価目標である+2.0%にまで達した。1年前の調査では、わずか+1.1%であった。また日本銀行が今月発表した生活意識調査では、個人の5年先の物価上昇率見通しは、平均値で+6.7%に達している。

賃金上昇率が大きく高まる期待がない中で、円安による物価高が継続するとの懸念が強まれば、家計は個人消費を大きく抑える可能性があるだろう。また、国内での成長、収益増加の期待が強くない中で、円安による原材料価格上昇が長く続くとの懸念が高まれば、企業は設備投資、雇用を抑制し、経済に逆風となる可能性があるだろう。こうした点から、国内経済の安定維持のために、中長期のインフレ予想の上昇に歯止めをかけるきっかけとなり得る為替の安定は、以前にもまして重要となっている。

日銀の金融政策の柔軟化は為替市場に大きな影響を与える

日本銀行が、為替の変動に合わせる形で金融政策運営を行うことは妥当ではない。しかし、日本銀行の硬直的な金融政策の副作用として、現在の急速な円安、あるいは国債市場の混乱などの金融市場の不安定化が生じているのであれば、金融政策をより柔軟化することが求められる。

仮に、イールドカーブ・コントロールの枠組みをより柔軟にして、長期金利の上昇を一定程度認めれば、円安を食い止める効果はかなり期待できるだろう。過去10年にわたる日本銀行の異例の金融政策の下でも、長短金利の低下幅はごくわずかであり、それがゆえに、経済・物価に与える影響は限られた。

他方、為替市場ではかなり円安傾向を促した。この点から、日本銀行の金融政策の柔軟化によって、わずかな幅であっても金利が上昇すれば、大きな円安抑制効果が期待できるのではないか。他方で、わずかな幅の金利上昇であれば、経済・物価への悪影響については心配する必要がないだろう。

このように日本銀行が金融政策を柔軟化すれば、「硬直的な金融政策運営の下で円安と物価高が長く続いてしまう」との企業、家計の懸念を緩和し、中長期のインフレ予想を落ち着かせることで、経済の安定に貢献することになるだろう。

しかし実際には、日本銀行がそのような金融政策の柔軟化、調整を行う可能性は当面は低いのである。

お互いに整合的でないポリシーミックス

為替に関わる施策で、政府と日本銀行の足並みは全く揃っていない。表面的には、「為替の過度の変動は経済に悪影響を与え望ましくない」との見解では一致しているよう見えるが、政府は、本音のところでは、物価高を助長する円安の流れを止める狙いで為替介入を実施している(コラム「円安加速のリスクを高める大型経済対策と金融緩和維持の日本型ポリシーミックス」、2022年10月27日)。

他方、日本銀行は円安進行を深刻な問題とは捉えておらず、為替の安定に配慮した金融政策の修正を強く拒んでいる。為替の安定を巡っては、政府の為替介入と日本銀行の金融緩和維持は、お互いに整合的でないポリシーミックス(政策の組み合わせ)となっているのである。

図らずも円安を促すポリシーミックスにも

今度は政府の財政政策に注目すると、政府が大型経済対策を決めれば、通貨の信認には悪影響を与えてしまう可能性がある。財政の悪化は財政・国債への信認低下を助長し、通貨の信認低下につながっていくためである。

ここで、異例の金融緩和を維持する日本銀行の金融政策と、政府の財政拡張策がともに通貨の信認を低下させる、というポリシーミックスが図らずも成立してしまうのである。それが、悪い円安を加速させる可能性もあるだろう。またそれがさらなる物価上昇圧力となれば、経済への悪影響も強まっていく。

結局、政府、日銀共に重視する国内経済の安定に逆行するポリシーミックスが実施されることになってしまうのである。

経済・物価の安定のために最適なポリシーミックスとは

他国では、多くの中央銀行が米国に追随して大幅利上げを続けてきた。それは中央銀行が、物価高を助長する自国通貨安の回避を目指し、為替の安定を最優先してきたためだ。しかしその結果、大幅な利上げが各国経済に強い逆風となっているのが現状である。

中央銀行が、金融引き締めで為替・物価の安定を狙う一方、政府は財政拡張を行って経済の安定を図る試みは、英国で失敗した。そこで、今後は、国内経済に配慮して利上げのペースを落とす傾向が一部に見られ始めている。オーストラリアやカナダで予想外に小幅な利上げが実施されたのは、そうした例である。

利上げ幅の縮小は、為替の安定に悪影響を与える可能性があるが、各国は日本に続いて単独の為替介入を実施し、小幅な利上げと為替介入という新たなポリシーミックスを模索し、引き続き為替と物価の安定を狙う可能性が今後出てくるのではないか。

他方、日本でにおいても、経済・物価の安定のために最適なポリシーミックスは、財政規律の維持と、為替の安定に配慮した日本銀行の金融政策の修正・柔軟化であるはずだ。しかし実際にはこうした最適なポリシーミックスは採用される可能性は低く、財政拡張と金融緩和という他国とは全く逆のポリシーミックスが日本では成立しているのである(コラム「円安加速のリスクを高める大型経済対策と金融緩和維持の日本型ポリシーミックス」、2022年10月27日)。

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