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IT業界から金融業界に広がる米国の人員削減の波

2023/01/17

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アマゾン・ドット・コムが1万8,000人以上の人員削減計画を発表

米国では人員削減(リストラ)の動きが、IT業界から金融業界へと広がりを見せ始めている。米国のIT業界にとって、昨年2022年は、事業拡大に急ブレーキがかかった厳しい1年だった。それは株式市場にも明確に表れており、IT企業の比率が高いナスダック総合指数は2008年末から2021年11月にかけて10倍以上の伸びを示した後、昨年には33%も下落した。これはリーマンショック時の2008年以来、最大の下落率である。

大手IT企業は経費を精査し、また大規模プロジェクトを断念している。そうした中、大規模な人員削減計画も打ち出されている。報道や企業発表に基づき人員削減を追跡するウェブサイト「Layoffs.fyi」によると、昨年初めから1,000社以上の米IT企業が、合計で15万人を超える従業員を解雇している。最新では、アマゾン・ドット・コムが1万8,000人以上の人員削減計画を発表した。これはIT業界では今のところ最大規模である。主な対象は、小売り、人材採用、デバイス部門だ。

新型コロナウイルス問題は、経済全体には打撃となったが、国民の間で「巣籠り消費」の傾向を強めた。その結果、ネットショッピングやリモートワーク関連のIT設備には強い需要を生み出した。これを受けて、IT業界は大量の採用に動いた。アマゾンはネット通販の増加とクラウドコンピューティングサービスを採用する企業から利益を得た。需要を満たすため、物流網を倍増させ、従業員を何十万人も増やしたのである。

IT業界での人員増加は行き過ぎた。新型コロナウイルス問題が薄れていくと、IT業界に対する強い追い風も薄れていった。それを受けて、人員削減の波が起こっているのである。

IT業界の経営者は、従業員を雇用し過ぎたことの責任を認めている。過剰雇用に対する謝罪の言葉は、メタ・プラットフォームズ のマーク・ザッカーバーグCEOやツイッター共同創業者で元CEOのジャック・ドーシー氏らからも聞かれている。

金融環境の変化でゴールドマン・サックスが大幅人員削減

同様に、新型コロナウイルス問題による強い追い風が薄れる中、人員削減の動きが広がり始めているのが、投資銀行(証券)業界である。米金融大手ゴールドマン・サックスが、最大3,200人の人員削減に乗り出すことが1月10日に報じられた。全従業員の約6%に相当する規模で、リーマンショック以降で最大規模の人員削減となる。人員削減の動きは、今後、他の投資銀行(証券会社)にも広がっていくだろう。

投資銀行(証券)業界での人員削減には、IT業界と共通する部分が少なくない。新型コロナウイルス問題のもとで、個人は株式投資を活発化した。また、米連邦準備制度理事会(FRB)が大幅な金融緩和をしたことで、株式市場や社債市場は活況となり、株式や社債の発行も増加した。これらは、投資銀行(証券)業界に巨額の販売手数料収入や証券の引き受け手数料収入をもたらした。それが、雇用の拡大にもつながったのである。

しかし、新型コロナウイルス問題が緩和し、さらにFRBが昨年3月に金融引き締めに転じる中、金融市場の環境は悪化し、投資銀行(証券)業界への追い風も終わったのである。足元で広がり始めた人員削減の動きは、こうした金融環境の変化を映したものだ。

大量の人員削減がいずれ米国労働市場の悪化に

投資銀行部門と比べると、商業銀行部門を取り巻く環境は現時点では安定している。米銀大手の2022年10-12月期(第4四半期)決算は、金利上昇を追い風に中核である融資事業の収入が大幅に増加した。純金利収入はJPモルガン・チェースが前年同期比48%増、ウェルズ・ファーゴは45%増、バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)は29%増、シティグループは23%増だった。

投資銀行部門とは異なり、金利の上昇は貸出利ザヤの拡大を通じて、商業銀行分野の業績に追い風となる。しかし、商業銀行分野も先行きの業績見通しは慎重であり、今後は人員削減の動きが出てくるだろう。その背景にあるのは、急速な金融引き締めによる米国景気の悪化である。

このように、IT業界、金融業界で人員削減の動きが広がっても、米国の労働市場はなお安定が維持されている。これは、過去数年間、深刻な人手不足に直面してきた業種、企業が、他社の人員削減を通じて供給される新たな人員を積極的に採用する動きが強いためだ。これは一種の慣性のような行動ではないか。

しかし、IT業界、金融業界と同様に、行き過ぎた採用を行ってしまうリスクは、そうした業種、企業にもあるだろう。米国景気の減速を受けて、そうした企業も人員削減を行う、あるいは新規雇用に慎重となれば、米国の労働市場も一気に悪化に転じるのではないか。その場合には、FRBによる積極的な金融緩和の可能性も見えてくる。それは、米国の長期金利とドルを相当下落させることになるのではないか。

(参考資料)
"Tech Industry Reversal Intensifies With New Rounds of Layoffs (米テック業界、新たな人員削減の波 方針転換進む)", Wall Street Journal, January 11, 2023
"Banks Face Uphill Battle Even as Rates Rise (米銀大手、金利上昇も前途多難)", Wall Street Journal, January 14, 2023

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