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実質賃金の上昇にはインフレ率のさらなる低下が必要(12月毎月勤労統計):政府は賃上げ要請よりも持続的に実質賃金を高める成長戦略の推進を

2024/02/06

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実質賃金上昇は2025年半ば以降に

厚生労働省が2月6日に発表した12月分毎月勤労統計で、現金給与総額は前年同月比+1.0%となった。持ち家の帰属家賃を除く総合消費者物価指数の前年同月比+3.0%を引いた実質賃金上昇率は前年同月比-1.9%と引き続き大幅な減少であり、個人消費を圧迫し続けている。

また、2023年の現金給与総額は前年比+1.2%、持ち家の帰属家賃を除く総合消費者物価指数の前年比は+3.8%となり、実質賃金上昇率は-2.5%と前年の-1.0%に続いて大幅減少となった。

政府や経団連などは、今年の春闘で30年ぶりとなった昨年を上回る賃上げ率の実現を目指しているが、仮に昨年の水準を多少上回ったとしても、実質賃金上昇が年内に前年同月比でプラスに転じることはないだろう。実質賃金上昇への道のりはまだ遠く、それが実現するのは2025年半ば以降になると予想する。

2024年ベア2.5%でも賃金上昇率は1%台半ばから後半に留まる

誤解を恐れずに言えば、実質賃金を持続的に上昇させるためには、企業に対して無理に賃上げを求めるのではなく、2022年以降に大幅に上昇した物価上昇率が、自然な形で低下していくのを待つのが近道だ。政府や世論が企業に対して無理な賃上げを求めると、一時的には実質賃金は上昇しても、他方でそれは企業収益を圧迫し、いずれ企業が雇用や賃金を抑制することになり、結局は実質賃金の持続的な上昇を妨げてしまいかねない。

ベアに概ね対応する、基調的な賃金と言える所定内賃金は、12月に前年同月比+1.6%となった。2023年平均は+1.2%と前年の+1.1%をわずかに上回った程度だ。

2023年の春闘では、主要企業のベアは2%強と大きく高まったが、実際の所定内賃金の上昇率は顕著に高まっていない。両者の差は、第1に、中小・零細企業での所定内賃金上昇率の低さ、第2に、サンプルバイアスによるものと考えられる。2024年の春闘で主要企業のベアが2.5%程度になると予想されるが、上記の点を踏まえると、所定内賃金の上昇率は1%台半ばから後半と考えられる。

企業は物価上昇率を上回るベアに慎重

コアCPI(除く生鮮食品)の上昇率が、この1%台半ばから後半の水準まで安定的に低下し、所定内賃金上昇率を下回るのは、2024年後半と考えられる。しかし、厚生労働省が実質賃金上昇率を計算する際に用いる帰属家賃除く消費者物価上昇率は、コアCPI(除く生鮮食品)の上昇率よりも0.8%程度高いことから、それを用いて計算する実質賃金上昇率がプラスになるのは、2025年にずれ込むと考えられるのである。

さらに、来年、2025年の春闘では、物価上昇率の低下を映してベアの上昇率は1%台に低下すると予想される。その結果、帰属家賃除く消費者物価上昇率を用いて計算する実質賃金上昇率が安定的にプラスになるのは、2025年半ば以降となろう。

現在のように、輸入物価の上昇の影響で消費者物価上昇率が上振れている際には、企業が物価上昇率を上回る賃上げ率の実現には慎重になる。この先、再び物価上昇率が下振れる場合でも、ベアをマイナスにすることは社会通念上難しいからだ。

成長戦略を通じた持続的な実質賃金上昇を目指すべき

消費者によって重要なのは、物価上昇率が高まることや賃金上昇率が高まること、あるいは両者が相乗的に高まることではない。物価上昇率と賃金上昇率が同じ幅で高まっても、実質賃金は変わらず、生活は改善しない。重要なのは、物価上昇率を上回る賃金上昇率が実現し、つまり実質賃金上昇率が持続的に高まり、生活水準が着実に改善し、将来見通しが明るくなることだ。

その実現には、少子化対策、労働市場改革、インバウンド戦略、大都市一極集中の是正、外国人労働力の活用などの成長戦略を進めていくことが、政府には求められる。それらが成果をあげ、先行きの成長率見通しが高まれば、企業は設備投資を活発化し、それが労働生産性上昇率を高めるだろう。

こうした施策を通じて労働生産性上昇率、潜在成長率といった、いわば「実質値」を改善させることが重要だ。物価上昇率や賃金上昇率といった「名目値」の改善は、こうした実質値の改善の結果として生じるものであり、名目値を直接操作しようとしても、企業や個人にとっての経済環境を好転させることはできないだろう。この点から、政府が賃上げの実現を最優先の政策課題に掲げることには、再考の余地があるのではないか。

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