脱炭素と地方創生を同時に実現する「需要家の発電・蓄電設備の活用」への挑戦
『脱炭素と地方創生を同時に実現する「脱炭素ビジネス」への挑戦』の記事で述べた通り、地域のエネルギーを集約(アグリゲーション)するアグリゲーターが中心となって、企業や住宅等の需要家に導入されている発電・蓄電設備、給湯器などの需要設備を有効活用する「エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス」(ERAB)が新たな領域として期待されています。
本稿では、主に需要家側に導入されている発電・蓄電設備などを有効活用するために脱炭素先行地域でどのような取組みが選定されているか、基幹産業を守り、レジリエンスを強化する「マイクログリッド構築」、再エネの自家消費率を高める仮想発電所(VPP)の2つを題材に、地域事例を確認していきます。
- 実際の取組みが企業によって行われる場合も、地域の事例として記載します。
出所)NRI作成
執筆者プロフィール
システムコンサルティング事業本部
ITマネジメントコンサルティング部 佐野 則子:
民間シンクタンクを経て、1998年野村総合研究所に入社。システムエンジニアを経験した後、事業変革や業務改革などのコンサルティング業務に従事。現在は、デジタルで社会課題を解決することを目的として、社会提言、社会課題解決の実行支援、海外における革新的なデジタル活用調査、生活者の意識調査、事業創出の人財育成などを行っている。少子高齢化に関するヘルスケア分野の日米特許所有。
基幹産業を守り、レジリエンスを強化する「マイクログリッド構築」
エネルギーを地産地消するために地域にある発電・蓄電設備などを活用しながら地域内でエネルギー供給を行う動きがありますが、その典型的な例が小規模電力網(マイクログリッド)の構築です。マイクログリッドとは、平常時は地域の再生可能エネルギーを有効活用しつつ、電力会社等とつながっている送配電網から電力供給を受け、災害など非常時に送配電網と切り離されても、地域にある発電設備・蓄電設備などを活用して自立的に電力供給を行う仕組みのことです。それによって、非常時でも地域の基幹事業を継続させることに寄与します。
長野県生坂村は、公共施設、農産物加工施設などの民間施設、村で唯一食料品を扱う道の駅、高齢者施設、村の基幹産業であり移住者に関心の高いぶどう農地に自営線(一般送配電事業者以外の者が敷設する送電線)を敷いて、小水力発電と各施設における太陽光発電、需給調整用の蓄電池などの発電・蓄電設備から電力を供給するマイクログリッドを構築する計画です。これによって、非常時のレジリエンスを強化し、基幹産業のぶどう栽培の事業が継続できるようにしようとしています。(※1)
選定事例の中には、自営線のコストが事業採算性の大きな課題であることから、コストを抑制するために既存の配電網を活用したマイクログリッドを構築する計画もあります。一般送配電事業者が運用する送配電網のうち、「配電網」の運用ライセンスを新規参入事業者に与える配電事業制度が2022年に開始しました。しかし、配電網の譲渡か貸与が必要となるため、一般送配電事業者と合意形成ができるかがカギとなります。
再エネでつくられた電力の自家消費率を高める「仮想発電所(VPP)」
企業や住宅などの需要家側に導入されている発電・蓄電設備などの1つ1つの発電量・蓄電量が例え小さくても、IoT技術を使ってこれらを束ね(アグリゲーション)、遠隔制御することで大規模な発電所のように、電力の需要バランス調整に役立てることができるようになります。この仕組みのことを仮想発電所(バーチャルパワープラント、VPP:virtual power plant)と言います。アグリゲーションを行うアグリゲーターが需要家と電力会社の間で電力の需給バランスを調整し、需要家のエネルギーリソースを最大限に活用することで、天候に左右される再生可能エネルギーでつくられた電力の自家消費率を上げ、安定供給を実現できる可能性があります。
鳥取市では、国内で再生可能エネルギーの大規模発電設備を導入する適地が減少していく中で、既築戸建住宅に太陽光発電設備を大量導入し、可能な限り自家消費することで地域脱炭素を進めながら電力・ガソリン高騰の課題を解決し、住民の暮らしの質向上を図ろうとしています。
地域の事業者が主体となって住宅に太陽光発電設備と家庭用蓄電池のセット、若しくは、太陽光発電設備と高効率給湯器のセットのどちらかを選択して初期費用0円のPPAモデル(※2)で導入推進する計画です。導入した家庭用蓄電池、高効率給湯器を群制御することで、これらをあたかも1つの発電所のように運用する「仮想発電所(VPP)」に取組み、VPP事業をマネタイズして、ビジネスモデルとして市内外の他地域に横展開していくことを目指しています。
鳥取市は、家庭用蓄電池や高効率給湯器など以外に、将来的にはスマート家電などの多様な家庭内リソースも視野に入れて群制御しようとしています。設備機器に対して制御指示やデータ連携を行うためには戸建住宅にゲートウェイ(GW)が必要ですが、GWの追加工事やメーカーや機種の仕様を考慮したGWの導入にはコストがかさみます。そのため、GWの導入なしで、各設備側はルータのような簡素な通信機能だけを持ち、設備情報を各設備メーカーのクラウドへ連携し、メーカーのクラウドから別クラウド上のエネルギーマネジメントシステム(EMS)にデータを連携します。制御サーバは集約された設備の状態が分かるEMSを参照し、メーカークラウドを経由して設備の群制御を行うことで制御を簡素化・効率化する計画です。
VPP制御にあたっては、高効率給湯器は湯沸かし時間の調整、家庭用蓄電池は充電時間の調整と放電も行う計画としています。また、家庭用蓄電池や高効率給湯器のVPP制御を行う上で需要家の合意を得るために、VPP制御を行うことで報酬を需要家に還元することを検討しています。(※3)
おわりに
企業や住宅などの需要家に導入する設備には、太陽光発電やバイオマス発電など再生可能エネルギーを利用した発電設備、電力と熱をつくるコジェネレーション(熱電併給システム)、地域共有や需要家専用の蓄電設備、高効率給湯器や空調などの需要設備、などがあります。
エネルギーをつくり、貯め、消費する上で、これらの発電・蓄電設備などを地域で有効活用することが、地域のレジリエンスを強化し、地域の電力を安定的に供給し、地域の脱炭素と活性化に貢献する可能性があります。需要家に導入されている発電・蓄電設備などをどうやって有効活用していくか、そのビジネスへの挑戦が期待されています。
- (※1)
長野県生坂村 村づくり推進室(2023年8月15日ヒアリング)
- (※2)
PPAモデルについては、『脱炭素と地方創生を同時に実現する「再エネ導入」への挑戦』参照
- (※3)
鳥取県鳥取市 経済観光部経済・雇用戦略課スマートエネルギータウン推進室(2023年8月31日ヒアリング)
執筆者情報
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