脱炭素と地方創生を同時に実現する「EVの導入・活用」への挑戦
連載『脱炭素と地方創生を同時に実現する「脱炭素ビジネス」への挑戦』の第4回では、電気自動車に焦点をあて、全国に横展開できる事例として脱炭素・地域活性化・災害対策の3つの価値創出に挑戦する取組みをご紹介します。
- 実際の取組みが企業によって行われる場合も、地域の事例として記載します。
執筆者プロフィール
システムコンサルティング事業本部 佐野 則子:
デジタルで社会課題を解決することを目的として、社会提言、社会課題解決の実行支援、海外における革新的なデジタル活用調査、生活者の意識調査、事業創出の人財育成などを行っている。少子高齢化に関するヘルスケア分野の日米特許所有。
ゼロカーボンロードを走り、災害時に電気を提供する電気自動車
山梨県甲斐市は、脱炭素を地域の魅力と見なし、その価値を武器に地域活性化と災害対策に役立てようとしています。
甲斐市では、近年、観光資源であるワイナリーへの来訪者数が減少しています。そのため、ワイナリーを中心に東京などからの観光客や中央自動車道からの立ち寄り客を増やすことで、観光・交流産業の活性化を図ることが喫緊の課題です。脱炭素に向けた社会の環境意識の高まりから、「ゼロカーボン」(脱炭素)による付加価値の高い観光がきっかけとなって交流人口が増えると考え、脱炭素への移行を推進し、それを切り口に地域活性化を図ろうとしています。
具体的には、電気自動車(EV)でワイナリーなどの観光拠点や地域との交流拠点を安心して巡ることができるよう、ゼロカーボンゾーンとゼロカーボンロードを整備しようとしています。ゼロカーボンゾーンとは、双葉SA、ワイナリー、農産物直売所、温泉、公園などの拠点であり、それらを巡るルートがゼロカーボンロードです。
観光客を呼び込むために、ゼロカーボンゾーンやゼロカーボンロードには、充分な急速充電器を設置し、観光客の利便性向上や充電への不安を解消しようとています。また、EVでゼロカーボンロードを走り、ゼロカーボンゾーンを巡る観光客にポイントや特典を付与する取り組みも行う予定です。さらに、観光施設や交通事業者と連携して、脱炭素を切り口に観光を楽しんでもらう「ゼロカーボン観光」メニューをつくる計画です。ぶどう栽培やワイナリーは山梨県内の他地域と共通する特徴です。そのため、周辺自治体と連携して観光メニューの複合化・広域化に取り組み、山梨県全体の観光活性化につなげようとしています。
その他、同市では、脱炭素化を進めるために、交通機関を含む移動手段のEV化を進め、地域を巡る手段として活用する取り組みを推進します。コミュニティバスをEV化し、平日は主に市民の移動手段として、休日は主にゼロカーボンロードを巡る観光客の交通手段として運行する計画です。公用車も車種や経年情報をもとにEV化し、休日は市民や観光客にシェアリング車両として貸し出す予定です。
さらに、非常時にはEV公用車のバッテリーにたまった電気を特定の公共施設に給電するV2B(Vehicle to Building、車の電力を建物で使うこと)を実現して、避難所などで炊き出し用の食料をつくることができる仕組みを作る計画です※1。
公共交通の代替手段となり、防災力を高める電気自動車
沖縄県与那原町は、シュタットベルケに倣い、脱炭素・地域活性化・災害対策の3つの価値創出に繋げようとしています。シュタットベルケとは、ドイツの自治体出資の公社ですが、民間企業として経営されます。収益性の高い公共事業(電気事業など)で得た利益を、収益性の低い公共事業(公共交通の整備、災害対策など)に補塡し、地域の公共サービスを安定的に運営します。
与那原町には、3つの主要課題があります。第一に、主要産業がなく、観光による収入が少ないため、“稼ぐ力”が弱いこと。第二に、日常的に自家用車の依存度が高く、公共交通の整備が不十分で地域活性化を阻んでいること。第三に、沖縄は台風が多いため停電対策が必要なことです。これらの課題解決のために、エネルギー事業で収益を上げ、その収益を公共交通の整備や防災に充てようとしています。
第一の課題に対しては、脱炭素を切り口に“稼ぐ力”をつけようとしています。強靭なサプライチェーン構築のため国内企業による生産拠点の国内回帰が検討されている状況を捉え、温室効果ガスの排出抑制に迫られる企業に向けて、地域をいち早く脱炭素化することで人・技術・資金、企業を呼び込み、中小企業の産業強化や新産業の創出に繋げようとしています。
地域脱炭素エネルギーマネジメント会社をつくり、企業や住宅(戸建て住宅や集合住宅を含む)にPPAモデル※3で再生可能エネルギーでつくられた電力などを提供し、エネルギーを地産地消することで地域外への支出を削減させる計画です。エネルギー産業を興すことで雇用を創出し、エネルギー事業の専門性を磨き、将来的には他地域への進出も見込んでいます。
また、誘致が決定している大型MICE※4施設で、CO2を排出しない環境価値の高いMICE(脱炭素MICE)を開催するなどで、 “稼ぐ力”をつけようとしています。
第二の課題に対しては、エネルギー事業の収益を公共交通の整備に充て、EV導入によって移動手段を脱炭素化すると同時に、未使用時間のEVを公共交通の代替手段にしようとしています。公用車や企業の所有車はEV化を促し、使用しない時間帯はカーシェアとして利用する計画です。また、EVバスや地域モビリティ(電動キックボード、電動自転車など)をMaasと組み合わせることで、MICE利用者や観光客の移動を容易にし、高齢者の外出を促すことで、自家用車に代わる公共交通の選択肢を提供する計画です。
第三の課題に対しては、エネルギー事業の収益を防災に充てて充電設備を整備することで、災害への備えも考慮したEV導入を推進しようとしています。
台風時の停電や大規模災害に備えて、戸建て住宅にはEV充電設備を整備し、EVの電気を自宅に給電できるV2H(Vehicle to Home、車の電力を家で使うこと)を実現して、災害時のガソリンスタンド渋滞を回避します。住宅が太陽光発電設備を備えていれば、より“自宅避難“ができるようになります。
一方、マリンタウン東浜エリアは集合住宅が多く、自宅で充電することが難しいため、2050年までには町内全域にEV充電ステーションを50箇所設置します。それによって充電を安価に、もしくは、災害時に避難所などへEVバッテリーの電気を提供することを条件に、充電を一部無料とする予定です※2。
電気自動車がもたらす、脱炭素・地域活性化・災害対策の3つの価値
以上に見たように、EVによって脱炭素・地域活性化・災害対策の3つの価値をつくる取り組みへの挑戦が始まっています(図1)。
通常時、甲斐市は、ポイント付与や未使用時間のEVシェアリングなども行ってEVによるエコ観光を誘導し、与那原町は、エネルギー事業の収益によるEVの導入・活用と環境価値の高いMICEの実現によって、脱炭素と地域活性化を実現しようとしています。一方、非常時には、甲斐市のように炊き出しを行う建物などに給電できるようにしたり、与那原町のように戸建て住宅と集合住宅の双方を視野に入れてEV充電設備を整備するなどで、災害対策を果たそうとしています。
日本は、2020年10月に2050年カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。これを踏まえて策定された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、乗用車・社用車・大型車の電動化率を目標に設定し、2050年における国民生活のメリットの1つに、「動く蓄電池」の社会実装を掲げています。移動手段を蓄電池として活用することによって、平時には都市や地域の機能を向上させて住民の生活をより快適にし、災害時にはレジリエンスを向上することを狙っています。
電気自動車は日常の移動手段にとどまらず、地域を活性化させる移動手段でもあり、そして、災害から私たちを守る蓄電設備としても機能します。日本のあらゆる地域において、電気自動車の導入・活用によって脱炭素・地域活性化・災害対策の3つの価値を提供する挑戦が期待されています。
- ※1
山梨県甲斐市 脱炭素社会推進課(2024年8月6日ヒアリング)
- ※2
沖縄県与那原町 企画政策課(2024年8月8日ヒアリング)
- ※3
PPA:Power Purchase Agreement、電力購入契約。企業に自宅の屋根などを貸す代わりに太陽光発電設備などを無償設置してもらい、それで発電された電気の一部を安い価格で購入する。
- ※4
MICE:Meeting(会議・研修)、Incentive travel(報奨旅行)、Convention(国際会議・学会)、ExhibitionまたはEvent(展示会・イベント)の頭文字を使った造語で、これらのビジネスイベントの総称。
執筆者情報
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