高市政権の財政政策と日中関係の行方が2026年の大きな注目点
2025年の日本経済・金融市場に大きな影響を与えたのは、年初からのトランプ関税、高市政権の積極財政政策、日中関係悪化の3点だ。
このうち、トランプ関税の経済への悪影響は、当初懸念されたほどではない可能性が高まっている。そのため、実質賃金の低下という逆風が続くもとでも、個人消費は何とか安定を維持し、日本経済は失速を免れている。
高市政権の積極財政がもたらす円安・債券安は、年明け後も金融市場の不安定化要因であり、個人消費の下振れリスクを高めてしまう可能性がある。ただし、政権は市場の警鐘に耳を傾け、積極財政色を徐々に弱めていくことをメインシナリオと考えておきたい(コラム「市場が警鐘を鳴らすなか来年度予算は拡大:金融市場は高市政権の財政政策姿勢を引き続き注視」、2025年12月24日)。仮にそうした軌道修正が行われれば、日本経済、金融市場の安定にはプラスに寄与するだろう。
一方、日中関係の悪化による中国政府の日本への渡航自粛要請は長期化する様相を強めており、日本経済の下振れリスクとなっている。今後、レアアース輸出規制など、中国側の規制が強化されていけば、日本経済にとって大きな脅威に発展する可能性も出てくる。
このうち、トランプ関税の経済への悪影響は、当初懸念されたほどではない可能性が高まっている。そのため、実質賃金の低下という逆風が続くもとでも、個人消費は何とか安定を維持し、日本経済は失速を免れている。
高市政権の積極財政がもたらす円安・債券安は、年明け後も金融市場の不安定化要因であり、個人消費の下振れリスクを高めてしまう可能性がある。ただし、政権は市場の警鐘に耳を傾け、積極財政色を徐々に弱めていくことをメインシナリオと考えておきたい(コラム「市場が警鐘を鳴らすなか来年度予算は拡大:金融市場は高市政権の財政政策姿勢を引き続き注視」、2025年12月24日)。仮にそうした軌道修正が行われれば、日本経済、金融市場の安定にはプラスに寄与するだろう。
一方、日中関係の悪化による中国政府の日本への渡航自粛要請は長期化する様相を強めており、日本経済の下振れリスクとなっている。今後、レアアース輸出規制など、中国側の規制が強化されていけば、日本経済にとって大きな脅威に発展する可能性も出てくる。
米国経済、トランプ政権の政策への注目も続く
足もとの米国経済は、総じて堅調を維持している。米商務省が12月23日に発表した7-9月期の実質GDP速報値は、前期比年率換算で+4.3%と4-6月期の+3.8%から予想外の加速となった。政府閉鎖の影響を受ける10-12月期の実質GDPも、最新のアトランタ連銀の予想(GDPNow)によると、+3.0%と堅調が維持される見込みだ。
雇用情勢が明確に悪化する中、成長率が高水準を維持しているのは意外である。株価上昇による資産効果やデータセンター建設ブームの影響もあるのだろう。しかし、雇用情勢悪化の影響は、今後経済活動全体に徐々に波及してくる可能性は考えられる。
また、トランプ関税の影響をきっかけに、企業債務に関わる金融不均衡の調整が引き起こされる可能性もあるだろう。
他方、トランプ政権の関税策は縮小方向にあり、それは米国経済の安定に寄与する(コラム「米最高裁が相互関税に違法判決を下せば、トランプ関税策は後退へ:企業は関税の返還を求め提訴」、2025年12月24日)。関税の縮小は物価上昇率を引き下げ、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げを促す。さらに、新議長のもとでトランプ政権のFRBへの政治介入が強まれば、予想外に利下げ幅は大きくなり、ドル安が進みやすくなる。
また、トランプ政権が貿易赤字削減の手段を関税からドル安にシフトさせれば、ドル安のリスクはさらに高まるだろう。予想外のドル安円高は、日本経済や日本株の思わぬ逆風となりかねない。
このように、2026年も米国経済やトランプ政権の経済政策は、日本経済に大きな影響力を与える可能性がある注目材料だ。ただし、トランプ政権の経済政策に関わる不確実性は、全体としては昨年末時点と比べれば低下しており、これが、2026年の日本経済の見通しを昨年末時点での2025年の日本経済の見通しと比べて、やや明るくしている。以上が2026年日本経済展望の総論であり、以下が各論となる。
雇用情勢が明確に悪化する中、成長率が高水準を維持しているのは意外である。株価上昇による資産効果やデータセンター建設ブームの影響もあるのだろう。しかし、雇用情勢悪化の影響は、今後経済活動全体に徐々に波及してくる可能性は考えられる。
また、トランプ関税の影響をきっかけに、企業債務に関わる金融不均衡の調整が引き起こされる可能性もあるだろう。
他方、トランプ政権の関税策は縮小方向にあり、それは米国経済の安定に寄与する(コラム「米最高裁が相互関税に違法判決を下せば、トランプ関税策は後退へ:企業は関税の返還を求め提訴」、2025年12月24日)。関税の縮小は物価上昇率を引き下げ、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げを促す。さらに、新議長のもとでトランプ政権のFRBへの政治介入が強まれば、予想外に利下げ幅は大きくなり、ドル安が進みやすくなる。
また、トランプ政権が貿易赤字削減の手段を関税からドル安にシフトさせれば、ドル安のリスクはさらに高まるだろう。予想外のドル安円高は、日本経済や日本株の思わぬ逆風となりかねない。
このように、2026年も米国経済やトランプ政権の経済政策は、日本経済に大きな影響力を与える可能性がある注目材料だ。ただし、トランプ政権の経済政策に関わる不確実性は、全体としては昨年末時点と比べれば低下しており、これが、2026年の日本経済の見通しを昨年末時点での2025年の日本経済の見通しと比べて、やや明るくしている。以上が2026年日本経済展望の総論であり、以下が各論となる。
輸出環境は悪化もトランプ関税の悪影響はそれほど顕著でない
2025年の国内経済の最大の注目点は、トランプ関税の影響だった。7月の日米関税合意に基づく「自動車・自動車部品への15%関税+鋼・アルミへの50%関税+15%の相互関税」の影響は、実質GDPに対して1年間で-0.55%、海外での関税効果の1年間の影響-0.13%を加えると合計で-0.68%と推計される。
この関税の影響によるものだけではないが、日本の輸出環境は悪化傾向が続いている。日本銀行が公表している実質輸出では、4-6月期の前期比-0.0%、7-9月期の同-1.4%と悪化した。輸出環境の悪化を主因に、2026年の日本経済は緩やかな減速傾向を辿ることが予想される。
ただし12月の短観で、輸出環境に大きな影響を受ける大企業製造業の業況判断DIは、前回比小幅上昇となった。先行き判断DIも横ばいと安定している。関税の影響を直接受けやすい「自動車」、「鉄鋼」についても、現状、先行きの景況判断DIは安定を維持している。
輸出環境が総じて悪化するなか、大企業製造業の景況感が安定を維持している背景には、国内消費の予想外の安定があるのではないか(コラム「日銀短観(12月調査)は概ね想定内の結果:日銀利上げ判断の最後の決め手に:中国渡航自粛の影響には引き続き注意」、2025年12月15日)。
この関税の影響によるものだけではないが、日本の輸出環境は悪化傾向が続いている。日本銀行が公表している実質輸出では、4-6月期の前期比-0.0%、7-9月期の同-1.4%と悪化した。輸出環境の悪化を主因に、2026年の日本経済は緩やかな減速傾向を辿ることが予想される。
ただし12月の短観で、輸出環境に大きな影響を受ける大企業製造業の業況判断DIは、前回比小幅上昇となった。先行き判断DIも横ばいと安定している。関税の影響を直接受けやすい「自動車」、「鉄鋼」についても、現状、先行きの景況判断DIは安定を維持している。
輸出環境が総じて悪化するなか、大企業製造業の景況感が安定を維持している背景には、国内消費の予想外の安定があるのではないか(コラム「日銀短観(12月調査)は概ね想定内の結果:日銀利上げ判断の最後の決め手に:中国渡航自粛の影響には引き続き注意」、2025年12月15日)。
中国の渡航自粛要請の影響に注目:GDPは1.79兆円減少
一方、11月に中国政府が中国国民に対して日本への渡航自粛を要請したことで、インバウンド需要の拡大には既に歯止めがかかっている可能性がある。筆者の計算では、2012年の尖閣問題の際と同様に渡航自粛が1年続く場合には、日本の名目GDPは1年間で1.79兆円減少し、名目・実質GDPはともに0.29%押し下げられる(コラム「中国政府の日本への渡航自粛要請で日本の経済損失は1.79兆円、GDPを0.29%押し下げ」、2025年11月18日)。
「小売業」5,809億円、「宿泊業」5,438億円、「飲食業」4,126億円の損失
現時点では、渡航自粛の影響についての評価はまちまちであるが、その一つの理由は、中国・香港からの渡航自粛の影響が多くの業種に分散しており、全体像が見えにくいことがあるのではないか。中国からの訪日観光客は、宿泊よりも買い物にお金を使う割合が他の国からの訪日観光客に比べて高い、という特徴がある。
観光庁の「インバウンド消費動向調査」の最新2025年7-9月期で、中国と香港からの訪日観光客のインバウンド消費の割合を種類別に示すと、「買物」が32.5%、「宿泊費」が30.4%、「飲食費」が23.1%、「交通費」が8.5%、「娯楽サービス費」が5.6%となる。
渡航自粛要請による1.79兆円のGDP減少が、この比率に従って各業種の売り上げ減少をもたらすと仮定すると、「小売業」が5,809億円、「宿泊業」が5,438億円、「飲食業」が4,126億円、「運輸業」が1,515億円、「娯楽サービス業」が1,009億円の減少となる。
渡航自粛の影響は、狭義の観光業にとどまらずかなり幅広い業種に及ぶことが、その全体像を見えにくくしている、という点には留意しておきたい。実際には、経済的な損失は大きいと見るべきだろう。
観光庁の「インバウンド消費動向調査」の最新2025年7-9月期で、中国と香港からの訪日観光客のインバウンド消費の割合を種類別に示すと、「買物」が32.5%、「宿泊費」が30.4%、「飲食費」が23.1%、「交通費」が8.5%、「娯楽サービス費」が5.6%となる。
渡航自粛要請による1.79兆円のGDP減少が、この比率に従って各業種の売り上げ減少をもたらすと仮定すると、「小売業」が5,809億円、「宿泊業」が5,438億円、「飲食業」が4,126億円、「運輸業」が1,515億円、「娯楽サービス業」が1,009億円の減少となる。
渡航自粛の影響は、狭義の観光業にとどまらずかなり幅広い業種に及ぶことが、その全体像を見えにくくしている、という点には留意しておきたい。実際には、経済的な損失は大きいと見るべきだろう。
中国のレアアース輸出規制の影響と合計でGDPは2.45兆円押し下げられる計算
さらに、今後の日中関係次第では、やはり2010年の尖閣問題の際と同様に、中国が対日レアアース輸出規制の実施に踏み切る可能性があるだろう。
2010年の尖閣問題の際の経験を踏まえて、レアアース輸出規制が3か月続く場合には、筆者の試算では日本の名目GDPは額にして6,600億円押し下げられ、名目及び実質GDPは0.11%押し下げられる(コラム「中国が日本にレアアース輸出規制を導入した場合の経済損失」、2025年11月28日)。それを、上記の渡航自粛要請の影響と合計すると、日本の名目GDPは2.45兆円押し下げられ、名目及び実質GDPは0.40%押し下げられる計算となる。
仮に、レアアース輸出規制が1年続く場合には、両者の合計で日本の名目GDPは4.43兆円押し下げられ、名目及び実質GDPは0.73%押し下げられる計算となる。
現在の日本経済は、トランプ関税の影響を受けた輸出環境の悪化と、実質賃金の低下が続くもとでの脆弱な個人消費の安定という微妙なバランスの上にある。そうしたバランスを2026年に入って下方に崩してしまう可能性があるのが、この日中関係の一段の悪化だろう。
2010年の尖閣問題の際の経験を踏まえて、レアアース輸出規制が3か月続く場合には、筆者の試算では日本の名目GDPは額にして6,600億円押し下げられ、名目及び実質GDPは0.11%押し下げられる(コラム「中国が日本にレアアース輸出規制を導入した場合の経済損失」、2025年11月28日)。それを、上記の渡航自粛要請の影響と合計すると、日本の名目GDPは2.45兆円押し下げられ、名目及び実質GDPは0.40%押し下げられる計算となる。
仮に、レアアース輸出規制が1年続く場合には、両者の合計で日本の名目GDPは4.43兆円押し下げられ、名目及び実質GDPは0.73%押し下げられる計算となる。
現在の日本経済は、トランプ関税の影響を受けた輸出環境の悪化と、実質賃金の低下が続くもとでの脆弱な個人消費の安定という微妙なバランスの上にある。そうしたバランスを2026年に入って下方に崩してしまう可能性があるのが、この日中関係の一段の悪化だろう。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。