メドテックコラムは、コンサルタントが企業に共通する課題をとらえ、考察したことを読者のみなさまと共有することを目的に執筆し、連載でお届けする。今回は、医療のデジタル化が進む中で期待が高まる、ソフトウェア単体が医療機器として機能するSaMD(プログラム医療機器)を取り上げる。SaMDは、既存薬の価値向上や新たな収益源として大きな可能性を秘める一方、医薬品とは全く異なる事業特性や保険収載(公的医療保険の運用対象として国から認められること)のハードルなど、参入には特有の難しさが存在する。本稿では、SaMD事業の課題を乗り越え、成功に導くための戦略的アプローチについて、具体的なポイントを交えて解説する。
SaMDの定義
SaMD(Software as a Medical Device)は、医療目的を果たすために単体で使用されるソフトウェアのことである。IMDRF(国際医療機器規制当局フォーラム)が2013年に定義したもので、従来のハードウェア医療機器の一部ではなく、独立した医療機器として認識されている。
図の通り、広義のデジタルヘルスの中でも、SaMDは臨床エビデンスに基づいて、PMDAの承認を受けたソフトウェアを指す。ソフトウェアそのものが治療的介入を行うものはDTx(デジタルセラピューティクス)とも呼ばれ、SaMDの一部の位置づけである。
図表1 SaMDの定義

注)プログラム医療機器(Software as a Medical Service)はPMDAの認証・承認の対象となる
出所)デジタル・セラピューティクス・アライアンスHPよりNRI作成
SaMDの登場は、医療のデジタル化が進む中で、医療機器の役割が変化してきたことを象徴している。1970年代には、CTスキャナーやMRIなどの制御用ソフトウェアが医療機器に組み込まれ始めたが、当時はハードウェアの一部として扱われていた。ソフトウェアが単体で医療機器として認知されるようになったのは2010年代に入ってからである。
米国では2010年以降、診断支援ソフトやAI解析ツール、デジタル治療アプリ(DTx)などがSaMDとして薬事承認を取得し始めた。これには、電子カルテや医療用画像管理システム(PACS)の普及、AI技術の進化、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による在宅医療・遠隔診療の拡大が背景にある。
日本では欧米に遅れを取っていたが、2020年に[1]厚生労働省が「プログラム医療機器実用化促進パッケージ戦略(DASH for SaMD)」を発表し、規制改革が進んだ。現在、政府はSaMDを成長産業として重点的に支援しており、その中でも保険償還のハードルが高いDTxでも国内でいくつか承認事例がでている状況にある。
SaMD事業参入の意義
製薬企業によるSaMD事業参入の意義は大きく分けて3つ存在する。
1. 既存薬の拡販・長期差別化(Around the pill)
SaMDを活用することで、既存薬に付加価値を加え、競合との差別化を図ることができる。
服薬管理アプリや治療支援アプリを通じて、患者のアドヒアランス(治療継続率)を向上させることで、売上拡大に繋げることが可能となる。
例えば[2]成長ホルモン剤を販売するJCRファーマ社は、皮下注射用の電動式機器と連携するリマインダーアプリ「めろん日記」を提供している。「めろん日記」は、JCRファーマ社がPHC株式会社と共同開発した、成長ホルモン治療をサポートする患者向け服薬管理アプリであり、このアプリで患者が自己注射を忘れないようサポートし、治療継続率を向上させることで、薬剤の売上維持に貢献している。
2. 治療効果最大化のための支援(Around the pill)
SaMDを通じて、医薬品の効果を最大限に引き出すための診療プロセス全体を支援することができる。1で述べた「飲み忘れ防止」にとどまらず、生活習慣の改善や副作用の管理など、医薬品単独ではカバーしきれない領域をアプリが補完することで、治療効果そのものを底上げするアプローチである。これにより、患者の治療アウトカムを改善し、医療従事者からの信頼を獲得することが可能になる。例えば、[3]大塚製薬と米Click Therapeutics社は抗うつ薬を処方している患者に対し、認知行動療法で治療効果を改善させる治療支援アプリを共同開発し、すでに米国と英国で販売済みである。
3. 新たな収益源の確保(Beyond the pill)
製薬企業にとって、SaMDは既存の医薬品事業がハイリスク化する中で、新たな収益源としても注目されている。これは医薬品の売上をサポートする役割(Around the pill)を超え、ソフトウエアそのものを「治療製品」として販売し、収益を得るモデル(Beyond the pill)である。特に、治療支援型のデジタルセラピューティクス(DTx)は、薬の補助や代替として活用できる新しいモダリティである。参入企業の国内事例としてはキュアアップ社が挙げられる。キュアアップ社は、禁煙治療アプリをNon-SaMDとして開発後、薬事承認を取得し、国内初の保険収載を実現。アプリ単体での収益化に成功し、DTx市場の先駆者として注目されている。
図表2 SaMD参入の意義

出所)NRI作成
SaMD市場取組の難しさ
ここまでは参入意義と各社の事例を紹介したが、参入する上での取り組みの難しさもこの市場の大きな特徴である。取り組みの難しさについては、主に3つのポイントを挙げる。
1. 医薬品と事業特性が大きく異なる
SaMDは、医薬品とは異なる事業特性を持つ。例えば、開発期間は数年と短い一方で、開発後もAIの追加学習や性能向上のためのアップデートが必要である。また、特許の影響度が医薬品に比べて低く、製品のコア機能を複数の特許で包括的に保護する必要がある。さらに、ユーザーにとって使いやすいUI/UXの設計が重要であり、医薬品とは異なる技術やノウハウが求められる。必然的に、製薬企業にとっては、社内のリソースでは対応しきれず、ソフトウェアベンチャーとの協業が必須になる分野である。
2. 保険収載のハードルの高さとユーザー受容の難しさ
SaMDは、薬事承認を得た後も、保険収載のプロセスで高いハードルに直面する。特に、既存の治療法と比較した際の医学的有用性や費用対効果を証明する必要があり、関連学会やKOL(キーオピニオンリーダー)の理解を得ることが不可欠である。また、保険収載後も、医師や患者が新しい技術を受け入れるかどうかが課題となる。
例えば、[4]米国のPear Therapeutics社は、慢性不眠症改善アプリ「Somryst®」を開発し、保険収載を実現したが、利用率が低く、最終的に破産に追い込まれた。この背景には、ITリテラシーの低い医師や患者がアプリの利用を控えたことがあり、ユーザー受容の難しさが浮き彫りになった。
3. ソフトウェアベンチャーとの協業で事業開発力を補完できない
SaMDの開発には、医療データの取り扱いやセキュリティ、UI/UX設計など、多岐にわたる専門知識が必要である。しかし、製薬企業はこれらの分野に十分なノウハウを持たないことが多く、ソフトウェアベンチャーとの協業が不可欠である。一方で、ソフトウェアベンチャーは資金繰りが厳しい中で、保険収載を見据えた資金支援をパートナーに期待する傾向があり、両者の思惑が一致しない場合、事業開発が停滞するリスクがある。
課題解決の方向性・ポイント
1. ペイシェントジャーニーを意識した事業開発
図表3 ペイシェントジャーニー上の患者へのタッチポイントと対応するアプリ

出所)NRI作成 ※下記に記載のアプリが全て臨床上のエビデンスを求めるとは限らない
SaMDの事業開発において、「まずはどの領域で開発すべきか?」という問いに対するヒントとして、ペイシェントジャーニーの概念を提示したい。図表3では、青い矢羽根で、「患者の予防、疾患への気づき、受診意向、診断、治療、投薬、再発予防」という患者が体験するプロセス(=ペイシェントジャーニー)を示している。ペイシェントジャーニー上で最も意識すべきは、SaMDで取り組みたい疾患領域において、どのプロセスが患者にとって一番のボトルネックになっているかという点である。この考え方が、ひいてはどの領域でアプリを開発するべきか、という発想に繋がりうる。
例えば、不眠症は認知行動療法で改善しうる疾患である一方、認知行動療法は長い時間をかけて日常的に行うものであり、患者にとっても、医師にとっても大きな負担になるため、すべての医療機関で実施することは難しいという側面がある。この場合、図表3の中の「対応する疾患の例」の「治療に医師の時間・工数がかかる疾患」に該当する。このペイシェントジャーニー上の改善ポイントに対し、治療アプリを開発し展開させようと企図しているのが[5]サスメド社である。
サスメド社の事例のように、既存のペイシェントジャーニーのボトルネックを解消・改善しうるようなアプリ開発が、製薬企業にとって得意な疾患領域における医薬品の治療効果の最大化、長期差別化につながりうる。
2. ユーザーに使ってもらえる仕組みを設計する
アプリの成功には、患者や医療従事者が実際に使い続ける仕組みを設計することが不可欠である。具体的には、以下のポイントが挙げられる。
- UI/UXの向上:使用開始に至るまでのステップが簡単で、継続にもストレスがないUI/UXの設計が必要。
- 認知および理解の向上:アプリの存在を単に知らせるだけでなく、その医学的有用性や操作方法について、処方する医師や使用する患者に正しく理解してもらう活動が必要。特に新しい治療モダリティであるため、医師が自信を持って処方できるような情報提供や、リテラシーに不安のある患者へのサポート体制が求められる。
- 臨床エビデンスの提示:アプリの効果を科学的に証明し、医療従事者の信頼を得ることが必要。
上記3つのポイントは相互に影響し合う。アプリの臨床効果が患者や医師の認知向上につながり、また有効な臨床エビデンスを収集するには、大勢の患者にアプリを使ってもらえるようなUI/UXの設計が必要となる。アプリを使ってもらい、エビデンスデータの収集やユーザーからのフィードバックを活かしてUI・UXの向上につなげる、という好循環を作り出すことが肝要である。
3. 参入オプションを柔軟に選択する
ペイシェントジャーニー上のどのフェーズに注力するかによって、参入オプションが変わる。例えば、Non-SaMDとして疾患啓発アプリを開発し、ユーザーの反応を見ながらSaMD化を進めるアプローチも有効である。キュアアップ社も、当初は禁煙治療アプリをNon-SaMDとして開発していたが、その後SaMDとして薬事承認を取得した。このプロセスにより、ユーザーのフィードバックを反映しながら、保険収載を目指すことができる。
SaMD事業をうまく進めるためのアプローチ
ここまで述べてきたように、SaMD市場は、医療のデジタル化が進む中で急速に拡大しており、製薬企業にとって新たな事業機会を提供する一方で、参入には多くの課題が伴う。既存薬の付加価値向上や治療効果の最大化、新たな収益源の確保といった意義は明確であるが、医薬品とは異なる事業特性や保険収載のハードル、ユーザー受容の難しさが障壁となっている。これらの課題を克服するためには、ペイシェントジャーニーを意識した事業開発が重要である。患者の体験プロセスを分析し、ボトルネックを解消するアプリを開発することで、治療効果の向上や差別化を図ることが可能となる。また、ユーザーが実際に使い続ける仕組みを設計することも不可欠であり、UI/UXの向上や認知向上、臨床エビデンスの提示が求められる。さらに、Non-SaMDからの段階的な参入を試みるなど、柔軟なオプション選択も有効な戦略といえる。SaMD市場は転換期を迎えており、製薬企業がこの新たな領域で成功を収めるためには、従来の医薬品事業とは異なる視点とアプローチが必要である。
引用
- [1] 厚生労働省医薬・生活衛生局「プログラムなどの最先端医療機器の審査抜本改革 DASH for SAMD」(2020/11/24)
- [2]JCRファーマ株式会社、PHC株式会社プレスリリース「成長ホルモン治療における服薬管理アプリケーションソフトウェア「めろん日記®」のアップデート第二弾を公開」(2023/10/2)
- [3]大塚製薬株式会社プレスリリース「うつ病治療のためのデジタル治療アプリ「リジョイン」 英国で販売開始」(2025/6/17)
- [4] Forbs Japan「ソフトバンクG出資の米「治療用アプリ」企業が破産申請」(2023/4/12)
- [5]サスメド株式会社「不眠障害用アプリケーションの製造販売承認取得について」(2023/2/15)
ご関心のある方は、本稿をまとめた資料をダウンロードいただき、ご参照いただければ幸いです。
プロフィール
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大久保 華子のポートレート 大久保 華子
ヘルスケア・サービス産業コンサルティング部
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。