物流関連二法の改正により、一定規模以上の荷主企業ではCLO(物流統括管理者)に対し、物流の効率化にとどまらず、全社的なサプライチェーン改革を主導する役割が求められている。だが実際には、どの事業にどのような構造課題が潜んでいるのかが見えなければ、改革は現場改善の寄せ集めに終わりやすい。本稿では、需要のブレと供給の硬直性という観点から、事業ごとの特徴を見える化し、優先的に手を打つべき領域を見極めるために、実践的な考え方として「需給ギャップ・マトリクス」を紹介する。
1.モノの流れから全事業の構造的特徴を把握する
これまで本連載で述べてきたとおり、CLOに期待される役割は、単に物流現場の改善を進めることではない。荷待ち時間の削減や積載率の向上は重要なテーマだが、それだけでは解決できない問題がある。たとえば、販売計画と実需のズレが大きい事業、調達や生産に時間がかかる事業、需要変動が激しいのに供給体制が硬直的な事業では、現場が努力しても在庫過多や欠品、緊急出荷の増加が繰り返されやすい。重要なのは、こうした問題の多くが物流部門だけで生まれているわけではないという点である。営業は欠品を避けたい。調達はまとめて仕入れて単価を下げたい。生産は稼働率を安定させたい。物流は波動を抑えて効率よく運びたい。いずれも部門としては合理的な判断だが、それらを積み重ねた結果として、全社では在庫の滞留や輸送負荷の増大が起きていることは少なくない。だからこそCLOには、目の前の物流課題だけでなく、どの事業に構造的な無理や歪みが潜んでいるのかを全社で見渡す視点が求められる。特に、複数の事業や製品群を抱える企業では、すべてを同じ深さで改革することは現実的ではない。まずは全体を俯瞰し、どこから優先的に手を付けるべきかを見極める必要がある。
2.需給ギャップ・マトリクス(Supply-Demand Gap Matrix)
需給ギャップ・マトリクスは、各事業のサプライチェーン上の特徴を、次の2つの軸で整理するフレームワークである。ここで重要なのは、売上や利益そのものというよりは、モノの流れと、それを支える管理の難しさに着目することである。CLOは価格戦略やブランド戦略そのものを直接担う立場ではない場合が多い。だからこそ、担当しているサプライチェーンの視点で、事業の特徴を把握する必要がある。
X軸:事業計画の不確実性
これは、当初の見通しと実績のズレの大きさを示す。言い換えれば、「需要をどれだけ読みづらいか」「どれだけ計画どおりに進みにくいか」ということである。もちろん、需要の振れ幅が大きい市場もある。一方で、同じ市場にいても、商品政策や販売計画の立て方、需要予測の精度によって、予実差は変わる。CLOの立場では、売上目標の達成度そのものよりも、モノの流れを前提にした計画がどれだけ安定しているかを見ることが重要になる。
Y軸:供給の硬直性
これは、調達から生産、納品までにどれだけ時間がかかるかを示す。簡単に言えば、需要の変化に対して、供給側がどれだけ素早く動けるかという観点である。
【図表1 需給ギャップ・マトリクスのイメージ(例として業界別の特徴を整理)】

注1:X軸は、期初予想と決算結果の乖離(売上額ベース)
注2:Y軸は、主要製品群の平均調達・製造リードタイムを示すが、本資料では決算報告から把握できる棚卸資産回転期間で代用している
注3:バブルの大きさは、各事業部の売上規模を示すが、本資料では決算報告から把握できる全社の売上額で代用している
注4:バブルの色は、在庫管理の健全性を示し、Y軸の値が対前年で改善しているか否かを色で区別している
出所:SPEEDAよりNRI作成
なお、このマトリクスは精緻な個別分析の代替ではない。あくまで、全社の事業を同じ土俵で見比べ、議論を始めるための簡易診断モデルとして位置付けるものである。
3.マトリクスの4象限から想起される打ち手
図表1のように、2軸で事業を整理すると、サプライチェーン改革の難しさや、優先すべき打ち手が見えてくる。CLOは、各象限の特性に応じて、どこに経営資源を振り向けるべきかを判断する必要がある。
【右上】予測が難しく、供給も硬直的な事業(事業構造・市場戦略の見直し)
この象限は、最も注意が必要な領域である。需要は読みにくい一方で、供給を増減させるまでに時間がかかるため、在庫を減らせば欠品しやすく、在庫を積めば滞留や廃棄が増えやすい。現場改善だけで解決することは難しく、事業構造や商流の見直しが必要になることが多い。たとえば、SKU(Stock Keeping Unit:在庫管理単位)の絞り込み、需要変動の大きい商品の見直し、受注生産化、高付加価値領域への集中などが検討対象になる。CLOは、この領域に対して、単なる在庫削減ではなく、「この事業は今の供給体制のままで持続可能か」という問いを経営に投げかける必要がある。
【左上】予測は比較的安定しているが、供給が硬直的な事業(調達・供給体制への投資)
この象限では、需要の見通しは立てやすい一方で、供給側の柔軟性が低いため、市場の変化や成長機会を取り込みにくい。素材産業や装置産業のように、固定費が高く、増産・減産に時間がかかる事業で見られやすい特徴である。ここで求められるのは、調達・生産・商流を巻き込んだ中長期の投資判断である。サプライヤーとの連携強化、協力工場との関係見直し、情報連携の高度化、小ロット対応の仕組みづくりなどを通じて、供給の柔軟性を高める余地がある。CLOには、どの投資が供給力の改善や将来の成長余地につながるのかを整理し、経営判断につなげる役割が求められる。
【右下】予測は難しいが、供給は柔軟な事業(判断の簡素化・自動化への投資)
この象限は、需要変動は大きいものの、リードタイムが短く、比較的すばやく補充できる。そのため、必要以上に在庫を積まずに運営しやすく、在庫回転率やキャッシュ効率の改善に取り組みやすい領域である。ここでの主なテーマは、安全在庫の弾力的設定や自動化である。需要予測の精度向上に加え、在庫補充ルールの標準化や自動発注、受発注・物流管理のデジタル化などが有効である。CLOは、短納期という強みを活かしながら、在庫・輸送・作業負荷を最適化する仕組みづくりを主導していくことになる。
【左下】予測も安定し、供給も柔軟な事業(現場改善とコスト削減)
この象限の事業は、相対的にサプライチェーンが安定している。そのため、大きな構造改革よりも、現場改善を積み上げて収益性を高めることが中心になる。たとえば、荷姿の標準化、積載率の改善、拠点間輸送の見直し、保管効率の向上などが有効である。CLOとしては、多額の投資を急ぐよりも、異常の早期検知と継続的な改善によって、高い運用品質を維持することが重要になる。
4.分析から経営判断へ
このマトリクスの価値は、図を作ること自体にはない。重要なのは、どの事業に構造的なリスクがあるかを経営陣と共有し、優先順位を付けて改革につなげることである。まず現実的なのは、既存データを使って全事業をざっとマッピングしてみることである。理想を言えば、SKU別需要、調達条件、物流コスト、欠品率など、詳細なデータまでそろえたい。しかし実際には、事業部ごとにシステムが分かれており、すぐには取得できない企業も多い。そのため最初は、事業計画、実績、棚卸資産回転期間など、社内で比較的取りやすい情報を使い、全体像を描くことから始めるのがよい。
次に、その中から優先的に深掘りすべき事業を絞り込む。たとえば、売上規模が大きく、予実差も大きく、在庫滞留も長い事業が見つかれば、そこは経営上の重要テーマになりうる。足元の業績が良く見えていても、市場環境が変われば一気に問題が顕在化する可能性があるからだ。CLOは、こうした“見えない病巣”を早期に捉え、CEOや事業責任者に対してリスクシナリオを示す役割を担う。
また、サプライチェーン改革が進みにくい理由のひとつは、「どの部門が悪いのか」という議論になりやすいことである。しかし実際には、営業、調達、生産、物流のいずれにもそれぞれの合理性がある。CLOが担うべきなのは、特定部門を責めることではなく、どこに構造的な無理があるのかを共通言語で見える化し、全社で納得できる打ち手に落とし込むことである。
5.まとめ
CLOに求められるのは、物流現場の改善を積み上げるだけではない。事業構造に潜む「現場の無理」を早期に捉え、経営陣とともに改革の優先順位を定め、全社の意思決定につなげることである。そのために、需給ギャップ・マトリクスとして、需要の不確実性と供給の硬直性という観点から事業の特徴を整理し、全社の事業ポートフォリオを可視化することを紹介した。もちろん、このマトリクスだけで個別事業のすべてを判断できるわけではない。だが、限られた経営資源をどこに投下すべきか、どの事業で現場改善にとどまらない構造改革が必要かを見極めるうえでは、有効な診断ツールになると考える。
次回は、こうして特定した課題に対し、既存の情報システム環境も踏まえながら、DXを活用して需要予測や在庫最適化をどのように進めるか、その実践的なアプローチを解説する。
プロフィール
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新谷 幸太郎のポートレート 新谷 幸太郎
アーバンイノベーションコンサルティング部
早稲田大学大学院理工学研究科修了後、2008年にNRIに入社。
地方空港・港湾のネットワーク拡大や観光・輸出振興策の立案、経済特区制度の見直し・拡充の提言等の産業振興プロジェクトを経て、現在は地方における自動運転(レベル4)の社会実装やローカル鉄道の再構築・新しいモビリティサービスの開発に従事。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。