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NRI トップ NRI JOURNAL 木内登英の経済の潮流――「ビットコインに3つの追い風も課題は残る」

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木内登英の経済の潮流――「ビットコインに3つの追い風も課題は残る」

金融ITイノベーション事業本部  エグゼクティブ・エコノミスト  木内 登英

#木内 登英

#時事解説

2024/02/09

過去に何度も大きな浮沈を繰り返してきた暗号資産(仮想通貨)ビットコインの価格に、足もとでは追い風が吹いています。2021年に1ビットコインは過去最高の6万ドル台に乗せた後、2023年年初には1万ドル台まで低下していました。しかしその後は回復傾向へと転じ、2024年に入ってからは4万ドル台で推移しています。回復の原動力となったのは、米国でのビットコイン現物ETF(上場投資信託)の取引開始です。

ビットコイン現物ETFの取引は活況なスタート

SEC(米証券取引委員会)は2024年1月10日に、ビットコインを運用対象とする現物ETF(上場投資信託)11本を承認しました。 これを受けて翌11日には、ニューヨーク証券取引所、ナスダック、CBOE(シカゴオプション取引所)BZXの3主要市場でそれらの取引が始まりました。初日の売買高は46億ドル(6,700億円)、2日目は31億ドル、合計で77億ドル(約1.1兆円)と活発な取引となりました。
2021年に米ETF大手プロシェアーズが初のビットコイン先物ETFを立ち上げた際には、上場後2日間での売買高は合計で10億ドルに達しましたが、現物ETFの売買高はそれを大幅に上回るペースで始まったのです。
現物ETFの取引が開始された11日には、ビットコインの価格は前日の4万5,000ドル台から、2021年12月以来初めてとなる4万9,000ドルを超える水準まで上昇しました。ただしその後は下落に転じ、翌12日には4万2,000ドルを下回りました。そして1月下旬には一時4万ドル台を割り込みましたが、足もとでは再び4万ドル台で推移しています。
2021年のビットコイン先物ETFや大手暗号交換所(取引所)のコインベース・グローバルが上場した直後には、材料出尽くしでビットコインの価格は急落しました。同様のことがビットコイン現物ETFの上場直後にも生じており、現物ETFの上場を挟んで、ビットコインのボラティリティ(価格変動率)の高さという課題も改めて浮き彫りとなっています。
ちなみに日本では、現時点で海外のビットコイン現物ETFを購入することはできません。日本の投資家は、日本の証券会社を通じて海外の各種ETFを売買することはできますが、今のところビットコイン現物ETFはそれに含まれていません。日本の証券会社が海外ETFを取り扱う際には、運用会社から金融庁に申請する必要があります。今後、海外のビットコイン現物ETFの取り扱いを日本の証券会社に認めるかどうかについては、その功罪を踏まえて、金融庁が慎重に検討することになるでしょう。

ビットコイン取引の信頼性が高まる

米国でのビットコイン現物ETFの上場は、今後のビットコイン市場に追い風となる可能性は高いと思われます。これまで投資家は、現物のビットコインを暗号資産交換業者(取引所)を通じて売買してきましたが、2022年5月の暗号資産(ステーブル・コイン)テラの暴落や、2022年11月の暗号資産交換業者大手FTXの破綻は、暗号資産交換業者の信頼性を大きく損ねることとなりました。FTXは顧客資産の分別管理が不十分であったため、同社の破綻とともに顧客が資産を失うことになってしまったのです。
しかしビットコインの現物ETFであれば、投資家はSECの監督下にある証券会社の証券口座を通じて、株式などと同じように売買することができます。仮に証券会社が破綻しても、投資家の資産は保護されます。ビットコイン現物ETFの上場によって、米国では個人投資家がビットコインの取引を始めるハードルは、かなり下がることになるでしょう。
米国でビットコイン先物ETFの取引は、2021年に始められていましたが、先物ETFの取引にはコストが高い、という問題がありました。
ビットコイン先物ETFでは、ETFが投資対象とするビットコイン先物は毎月失効していくため、その都度、翌限月の先物を購入しなければなりません。ところが、ビットコインの価格先高観を反映して、ビットコイン先物の価格は、期先物が期近者よりもかなり高い、いわゆる強い「コンタンゴ(順サヤ)」の状態にあります。そこで、先物ETFを買い替えるたびに期近よりも価格が高い期先の先物を買うことになるため、買入れコストが高くなり、これが投資のパフォーマンスを下げてしまうのです。
ビットコイン現物ETFの投資には、こうした問題はありません。このため、現物ETFの上場は、米国の個人投資家の資金を集め、ビットコイン市場の追い風となるでしょう。
さらにビットコイン現物ETFでは、既に激しい手数料引き下げ競争も始まっており、これも投資を促す要因となっています。上場した11本のビットコイン現物ETFのうち、グレースケール・インベストメンツは、それ以前のビットコイン投資信託をビットコイン現物ETFに転換する際に、取引額に応じた売買手数料を2%から1.5%に引き下げました。ブラックロックの場合、売買手数料はわずか0.12%です。

ビットコイン市場に3つの追い風

ビットコイン市場には、現在3つの追い風が吹いています。第1は、今まで見てきた現物ETFの上場です。そして第2は、米国で利下げ(政策金利の引き下げ)が視野に入ってきたことです。 2022年から始まった米国の大幅利上げ(政策金利の引き上げ)は、ビットコインなど暗号資産市場には強い逆風となりました。実際、2022年にはビットコインの価格は60%以上も下落したのです。その価値が不明確であることからボラティリティが高く、また、利払いや配当などのキャッシュフローを生まない暗号資産は、金利が上昇し、国債など安全資産での運用利回りが高まる局面では、選好されにくくなるのです。
しかし、米国での利上げが終了し、暗号資産市場に資金が戻りやすくなるタイミングと、今回のビットコインの現物ETF承認が重なったことは、暗号資産市場にとっては強い追い風となる可能性があります。
そして第3は、ビットコインの半減期が近づいていることです。ビットコインの取引では、分散型台帳の一つであるブロックチェーン上での一定期間ごとの取引記録をまとめたブロックが生成されます。そのマイニングに対する報酬として、新たにビットコインが発行されます。ビットコインの発行量は2,100万枚が上限と開始当初から定められており、ブロック数が21万個に達したときに新規発行数を半減させる、いわゆる半減期が生じる設計となっています。それには、ビットコインの供給に制限を設けることで、価値の安定を図る狙いがあるのです。
これまでの半減期は、2012年11月、2016年7月、2020年5月の3回あり、概ね4年に一回の頻度で訪れます。次の半減期は2024年4月頃と見込まれており、それが需給の改善を通じて、ビットコインの価格を押し上げるとの期待があります。実際、過去3回の半減期では、その翌年にかけて大きな価格上昇が見られました。

SECは暗号資産の問題点を強く指摘

今回、ビットコインの現物ETFの上場を承認したSECは、ビットコインなど暗号資産の問題点を強く指摘し、警鐘を鳴らしています。
1月10日に発表した声明文でゲンスラーSEC委員長は、「ビットコインは投機的で不安定な資産であり、(コンピュータをウイルスに感染させて身代金を要求するランサムウェア、マネーロンダリング(資金洗浄)、制裁回避、テロ資金供与などの違法行為にも使用されている」、「本日、特定の現物ビットコインETFの上場と取引を承認したが、ビットコインを承認または推奨した訳ではない。投資家は、ビットコインやその価値が暗号通貨に関連付けられている商品に関連する無数のリスクについて引き続き注意する必要がある」と強く釘をさしているのです。SECは、ビットコインの現物ETFの上場を本当は承認したくなかったのですが、「SECが承認しない理由を十分に説明することができていない」とする裁判所の判断を受けて、しぶしぶ承認したというのが実情です。従ってこの先も、SECはビットコインの規制強化を進める可能性は高いと考えられます。
また、消費者保護団体や投資家団体も、現物ETFを通じてビットコインに簡単に投資ができるようになると、個人投資家が、 相次ぐ不正と荒い値動きで知られる暗号資産に資金を移すのを促すことになる、と批判しています。
現在、ビットコイン市場に追い風が吹いていることは確かですが、価値が不明確であるがゆえにボラティリティが非常に高い状況は変わりません。ETFとして取引所で他の金融商品と同様に売買ができるようになったビットコインですが、債券、株式あるいは商品などの通常の投資対象(アセットクラス)と同列に肩を並べるのは、依然として難しいのではないかと思います。
さらに、 決済手段としての機能の面に注目しても、ビットコインなど暗号資産には、既存の銀行送金を比べてコスト面での優位性はあるものの、犯罪に利用されやすく、ユーザーにとっては安全性に不安がある、といった課題が残っています。
ビットコインなど暗号資産が担うべき社会的役割、社会的価値については、今後も問われ続けることになるでしょう。

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プロフィール

木内登英

エグゼクティブ・エコノミスト

木内 登英

経歴

1987年 野村総合研究所に入社
経済研究部・日本経済調査室に配属され、以降、エコノミストとして職歴を重ねる。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の政策委員会審議委員に就任。5年の任期の後、2017年より現職。
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株式会社野村総合研究所
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