フリーワード検索


タグ検索

  • 注目キーワード
    業種
    目的・課題
    専門家
    国・地域

NRI トップ ナレッジ・インサイト コラム コラム一覧 骨太の方針原案にPB黒字化目標は明記されず

骨太の方針原案にPB黒字化目標は明記されず

2022/06/01

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

岸田政権の経済政策は所得再分配から成長重視へ

5月31日に政府が公表した2022年度の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)原案は、岸田政権の経済政策が所得再分配から、経済のパイを広げる成長重視へと軌道修正されたことを示している、と考えられる。日本経済が抱える問題の本質は分配の不平等ではなく、潜在力の低下にある。この点から、この軌道修正は評価できる。

また、岸田政権は、NISA(少額投資非課税制度)の拡充など、金融市場の活性化も重視し、「貯蓄から投資へ」を促す政策も重視するように転じている。これは、個人金融資産をよりリスクマネー化して、企業の成長、経済の活性化を促すことを目指すものだ(コラム、「岸田政権の「資産所得倍増計画」と「貯蓄から投資へ」、2022年5月31日)。

財政拡張路線が強まる

このように、岸田政権の経済政策は良い方向に転じてきていると考えられるが、逆に大きな懸念材料として浮上してきているのが、財政拡張傾向が強まり、財政規律がさらに低下してしまうリスクである。

自民党内では、財政規律を重視するグループと財政拡張路線を主張するグループとが激しく対立する構図となっている。今回の骨太方針原案策定に向けて、前者は2025年度プライマリーバランス(PB)の黒字化目標を堅持する立場、後者は参院選後の経済対策や防衛費の積み増しなどを睨んで、そうした政策の制約にならないように、2025年度プライマリーバランスの黒字化目標を棚上げ、あるいは先送りすることを支持する立場である。

2025年度プライマリーバランスの黒字化目標を原案に明示する一方、再度その妥当性を検証する考えを盛り込むという妥協策、折衷案が採用される、との見通しが、事前には伝えられていた。

ところが実際には、2025年度プライマリーバランスの黒字化目標は原案に盛り込まれなかったのである。「財政健全化の旗を降ろさず、これまでの財政健全化目標に取り組む」とは記されたが、目標自体の記述は見送られた。政府は、明記していなくても黒字化目標を堅持する姿勢に変化はないと説明しているが、これは不自然だ。原案発表の最終段階で、財政拡張路線を主張するグループの意見がより通った形だろう。

原案では、財政目標について「経済あっての財政であり、現行の目標年度により、状況に応じたマクロ経済政策の選択肢がゆがめられてはならない」とし、「必要な政策対応と財政健全化目標に取り組むことは決して矛盾するものではない」とやや言い訳じみた表現も見られている。

緊急経済対策の必要性はむしろ低下

コロナショックの直後であった2020年の骨太の方針では、プライマリーバランスの黒字化目標の時期は明記されなかった。2021年の骨太の方針では、2025 年度の黒字化目標を再び掲げた一方、新型コロナウイルス感染症の拡大による経済財政への影響を踏まえて2021 年度内に検証を行い、目標年度を再確認することが明記された。そして今年1月に、2025 年度に黒字化目標の妥当性は確認されたのである。

こうした経緯を踏まえると、一度妥当性が検証された2025 年度の黒字化目標を、今回の骨太方針の原案では、再び事実上後退させてしまったことになるだろう。ウクライナ情勢を受けて機動的な経済政策が必要であることを、財政拡張論者は強調するが、他方で、新型コロナウイルス問題による経済の悪化リスクは、足元で顕著に低下していることは疑いがない。緊急的な経済対策の必要性は低下しているのである。

経済に下振れリスクがない時期はない。それを理由に非常時の財政政策を維持し続ければ、それが平時の対応に戻ることはなくなってしまい。財政環境悪化など弊害だけが増幅してしまう。

財政規律の後退は成長戦略の効果を損ねる

このように、財政健全化に向かって再び政策を進めなければならない時期に、政府は逆に、ウクライナ問題を理由にして財政拡張重視に舵を切ろうとしているのである。こうした姿勢は、岸田政権の成長戦略の効果を損ねてしまうものではないか。

骨太方針原案に盛り込まれた各種施策は、歳出と歳入の一体改革を進めることで、しっかりとその財源を確保してから実施することが重要だ。いたずらに、新規国債発行でそれらの施策を賄えば、成長戦略としての有効性を自ら損ねてしまうことになってしまうだろう。新規国債発行の増加は、将来世代の需要を前借りし、奪ってしまうものだからだ。それは将来にわたる成長期待を低下させ、企業の投資、雇用、賃上げをより慎重にさせることで、日本経済の潜在力を押し下げてしまうのである(コラム、「新しい資本主義の軌道修正と骨太の方針:財政規律の後退に懸念」、2022年5月31日)。


(参考資料)
「骨太原案、PB目標年次を明記せず 危機に対する財政支出「躊躇なく」」、2022年5月31日、ロイター通信

執筆者情報

  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn