植田日銀新総裁、就任記者会見の注目点
記者会見でYCC修正の地均しをするかに注目
2023年4月10日(月)に植田日銀新総裁は就任記者会見に臨む。二人の新副総裁と同時の記者会見となるだろう。10年前の黒田総裁の就任記者会見の時は、午後6時から始まり、約1時間45分続いた。
10年前の記者会見の要旨を読み返すと、就任にあたっての抱負についての記者の質問は冒頭だけであり、その後は金融政策に関する質問が続いた。今回も、金融政策姿勢に関する質疑応答に終始するだろう。
当然のことながら、金融市場が注目するのは、植田新総裁の口から今後の金融政策運営についてのヒントが出てくるかどうかである。特に注目されるのは、イールドカーブ・コントロール(YCC)の修正に関する発言だ。植田新総裁が変動幅の再拡大や撤廃などの修正の可能性について具体的に言及すれば、それは4月27・28日の初回の金融政策決定会合でYCCを修正する前の金融市場の地均しを意図したものとなるだろう。
YCC修正の可能性を事前に金融市場に伝えるのは難しい面があるが、具体的な手段までは伝えないとしても、修正の可能性や意向を全く伝えないままに修正に踏み切ってしまえば、「市場との対話」、「市場に対する丁寧な説明」を重視するという、植田新総裁の方針に反してしまう。
YCCの修正は最短では6月か
実際には、就任記者会見の場で植田新総裁がYCCの修正の可能性に言及し、それを金融市場の地均しとして、4月27・28日の初回の金融政策決定会合でYCCの修正に踏み切る可能性は低いのではないか。
第1に、その場合には、金融政策決定会合で他の政策委員と議論する前に、総裁が単独で政策を決めてしまうことになってしまう。それは、「政策委員会での議論を尊重する」という植田新総裁の方針に反する。第2に、初回の決定会合で政策修正を決めると、その後に立て続けに政策変更を行うとの金融市場の観測を高め、金融市場を混乱させてしまう可能性があるだろう。
就任記者会見の場で植田新総裁がYCCの修正の可能性には言及せず、4月27・28日の初回の金融政策決定会合の対外公表分や記者会見でその可能性を示唆し、6月15・16日の決定会合で、YCCの修正を行う可能性を最短では見ておきたい(コラム「植田日銀はいつYCCの修正に踏み切るか」、2023年4月5日)。
2%の物価目標の妥当性にも質問が集中するか
国会の所信聴取で植田新総裁は、YCCの修正の具体的な選択肢について、議員から何度か質問されたが答えなかった。金融市場が具体的な修正を織り込むことで、長期金利の大幅上昇などを引き起こしてしまうことを警戒したのだろう。
国会の所信聴取での植田新総裁の発言の中で、特に曖昧さが目立ったのは、このYCC修正の選択肢と、2%の物価目標の妥当性の2点である。就任記者会見でもこの2点に質問が集中するのではないか。
2%の物価目標の妥当性について、所信聴取で植田新総裁は従来通りの日本銀行の公式見解を繰り返したが、他方で、望ましい物価上昇率は0%であるといった独自の学術的な見解も示している。
2%の物価目標について植田新総裁はかつて、「無理せず中長期的に」との意見も述べている。本音のところでは2%の物価目標は高過ぎると考えているのだろうが、それを口にすれば、政策修正観測が一気に高まってしまい、金融市場を混乱させる可能性もある。就任記者会見でも、2%の物価目標について踏み込んだ発言はしないだろう。
金融緩和の枠組みのもつれを解くことが植田新総裁のミッション
10年前の黒田総裁の就任記者会見でも、黒田総裁は、「量的並びに質的な両面から大胆な金融緩和を進めていく」、「できることは何でもやる」との考えを示したものの、具体策には直接言及しなかった。その翌月の決定会合で「量的・質的金融緩和」と称して、驚く規模での国債買い入れ、マネタリーベースの増加を打ち出したが、就任記者会見の時点では、そこまでの積極策は予想されていなかったのである。
また、黒田総裁は就任記者会見で、「金融政策は分かりやすく市場関係者に浸透させていく」、「(当時の包括緩和について)非常に分かりにくくなっている。もっと端的に分かるような金融政策を運営することが重要」と説明していた。
現時点で考えれば、現実はそうした方針とは全く逆になってしまった。場当たり的な金融政策運営を繰り返す中で、金融政策の枠組みは著しく複雑で分かりにくいものになってしまった。個々の政策の間の整合性も取れなくなった。その中で、政策の意図をストレートに国民や金融市場に分かりやすく伝えることもできなくなっていったのである。
植田新総裁は所信聴取で「魔法のような政策は考えていない」と発言している。新しい手段を次々と繰り出していった黒田体制のような政策をする考えはない、という意味だろう。むしろ、黒田体制で複雑化してしまった金融緩和の枠組みのもつれを解くことが、植田新総裁の最大のミッションだろう。
そのうえで、短期金利の調整を中心とする、地味であるが確実な伝統的な金融政策運営の有効性を取り戻すことこそが、植田新総裁が最終的に目指すところなのではないか。
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