先行きは上振れリスクが再度高まる国内物価(3月CPI):円安進行は日銀の追加利上げを促す
コアCPI上昇率は低下傾向が続く:基調的な物価上昇率は2%に接近
総務省は4月19日に、3月分全国CPI(消費者物価指数)を公表した。コアCPI(除く生鮮食品)は、前年の物価高対策の効果が剥落したことで、1月の前年同月比+2.0%から2月には同+2.8%まで一気に上昇した。しかし3月には同+2.6%と再び低下し、物価上昇率が低下傾向を辿っていることを改めて確認させるものとなった。また、2023年度の消費者物価上昇率は+2.8%と、2022年度の+3.0%から縮小した。
3月のCPIの前年同月比を2月と比較した場合、エネルギーが+0.09%ポイントの押し上げ寄与となった。半面、生鮮食品を除く食料が-0.14%ポイント、宿泊料がー0.04%ポイント、家庭用耐久財が-0.02%ポイントと、それぞれ押し下げ寄与となった。
従来、CPIを顕著に押し上げていた生鮮食品を除く食料品価格は3月に前月比+0.2%と緩やかな上昇となり、前年同月比は+4.6%と昨年のピークの半分程度にまで低下した。輸入原材料価格を製品に転嫁する動きが一巡しているためだ。また、インバウンド需要の拡大などの影響により大きく押し上げられてきた宿泊料の上昇率も緩やかになってきている。
最も基調的な消費者物価動向を示すと言える食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合CPIは、前年同月比+2.2%と前月の同+2.5%から大きく低下した。基調的な物価上昇率は着実に低下してきており、日本銀行の物価目標である2%を早晩下回っていくものと考えられる。
賃金上昇のサービス価格への転嫁の動きは顕著に見られない
さらに注目したいのは、3月のサービス価格は前年同月比+2.1%と2月の同+2.2%から低下した点だ。サービス価格の前年比上昇率は、昨年末に頭打ちとなり、足もとでは低下傾向がみられ始めている。賃金上昇がサービス価格に顕著に転嫁される動きは確認できない。
他方、今年の春闘で賃金が予想外に上振れたことの物価への影響については、今後半年程度の間は、見極める必要があるだろう。しかし、賃金の上振れは、「輸入インフレ・ショック」による物価高騰へのキャッチアップという側面が強い。大幅に低下してしまった実質賃金がようやく下げ止まり、上昇に転じるきっかけとなる、いわば正常化の過程と位置付けられる。
物価上昇の影響が賃金上昇に及ぶという因果関係が強いのであって、賃金上昇が、新たに物価上昇率を大きく高めることにはならないのではないか。仮にそうなれば、先行きの実質賃金の見通しは再び悪化してしまい、そのもとで個人消費の弱さが続くことから、結局、賃金上昇分の価格転嫁の動きは妨げられることになるだろう。
コアCPIは7月に一時3%台に乗せるか
このように3月までの消費者物価上昇率のトレンドは、着実に低下してきているが、今年5月以降は、コアCPIの上昇率は高まることになる点に留意しておきたい。まず5月には、家計の電気料金に上乗せされる再エネ賦課金(再生可能エネルギー発電促進賦課金)が引き上げられる。
2023年度(2023年5月~2024年4月)の再エネ賦課金単価は「1.40円」だったが、2024年度は「3.49円」と大幅に増加する。これは、5月のコアCPIを0.25%程度押し上げると試算される。
さらに政府は、昨年1月に導入した電気・都市ガス料金への補助金制度、「電気・ガス価格激変緩和対策事業」を、今年5月使用分までで終了させるとみられる。これは、5月使用分が反映される6月全国消費者物価を前月比0.25%ポイント、6月使用分が反映される7月全国消費者物価を前月比0.25%ポイント、合計で0.49%ポイント押し上げる。
ちなみに、電気・都市ガス料金への補助金が終了すれば、2人以上世帯では、電気料金の支払いは年間17,696円(月間1,475円)、都市ガスは年間5,461円(月間455円)増加する計算だ。また、補助金終了による経済への影響を考えると、個人消費は1年間の累積効果で0.25%、GDPは0.09%それぞれ押し下げられると試算される(内閣府、短期日本経済計量モデル・2022年版に基づく)(コラム「政府の電気・ガス支援策は5月までで終了へ:ガソリン補助金は延長と対応が分かれる」、2024年3月28日)。
これらの措置の影響で、全国コアCPIの前年比上昇率は今年5月、6月、7月の3か月間に毎月+0.25%程度ずつ、前月比及び前年同月比で押し上げられる。その結果、7月のコアCPIは+3.0%と一時的に3%台に乗せる見通しだ。
その後のコアCPI上昇率は再び低下傾向を辿ると見ておきたいが、2%を割り込むと見込まれる時期は、補助金終了などの影響により、従来見通しの2024年年末から、2025年年央へと後ずれすると予想する。その後は、物価上昇率は低下基調を辿り、2026年年末までに1%を割り込むと見ておきたい。2024年度のコアCPIは+2.6%と3年連続で2%を超えるが、2025年度には+1.5%、2026年度には+0.9%と次第に低下していき、日本銀行の2%の物価目標は持続的には達成されない見通しだ(図表1)。
図表1 コアCPIの見通し
円安・原油高で物価上昇率の上振れリスクが高まる
さらに、足もとでは原油価格の上昇と円安が同時に進行している点に注意が必要だ。これらも当面の物価上昇率の見通しにさらなる引き上げを迫る要因となり得る。それは、個人消費には逆風になり、物価上昇率の高止まりと経済の低迷とが同時に起こるスタグフレーション的な経済状況がより強まる可能性がある。また、そうした状況の下では、日本銀行の追加利上げが前倒しされ、債券、株式市場の調整を引き起こすことになることも懸念される。
現時点での筆者の物価見通し(コアCPI)は、2024年度平均でWTIが75ドル/バレル、ドル円レートは1ドル145円と、現状より若干原油安、円高水準を前提に作成している。
しかし、「原油高・円安持続ケース(WTIが87ドル/バレル、1ドル152円)」と、足もとの原油価格、ドル円の水準が続く場合には、2024年度のコアCPIは+2.8%となる。
さらに原油高、円安が大きく進む「原油高・円安進行ケース(WTIが100ドル/バレル、1ドル160円)」のもとでは、2024年度のコアCPIは+3.1%と2023年度見通しの+2.8%を超えて3%台に乗せることになる(図表2)。
図表2 原油高、円安の物価見通し(コアCPI上昇率)への影響分析
原油高・円安は「輸入インフレ・ショック」からの日本経済の正常化を妨げる
物価高の長期化は、個人消費の低迷を長期化させ、スタグフレーション的な経済状況を助長してしまう。
日本経済は、2022年以来の輸入物価の急騰によって、実質賃金の大幅低下、労働分配率の大幅低下という「輸入インフレ・ショック」に見舞われ、個人の生活が圧迫されてきた。足もとでの物価上昇率の低下と賃金上昇率の上振れは、日本経済がようやく「輸入インフレ・ショック」から正常化に向けて動き出したことを示す明るい動きだ。
しかし、この先、原油高、円安が進めば、こうした正常化は遅れることになり、国民の厳しい生活環境は長期化しかねない。
円安加速で日本銀行の追加利上げは前倒しに
円安が進めば、それは日本銀行の追加利上げの時期を早めることになるだろう。日本銀行の植田総裁は19日に、G20(主要20か国)財務相・中央銀行総裁会議後の記者会見で、円安による輸入物価の上昇が基調的な物価上昇率に影響を与える可能性に言及し、「無視できない大きさの影響が発生した場合には金融政策の変更もあり得る」と語っている。これは円安けん制のための「口先介入」と考えられる。
しかし、円安が進めば、口先介入にとどまらず、日本銀行が追加利上げという「実弾」に踏み切る可能性が出てくる。政府の為替介入と日本銀行の追加利上げを連携させることで、円安抑制の効果はそれなりに発揮されるのではないか。その結果、1ドル160円を大きく超える水準まで円安が進む事態はなんとか回避される、と現時点では見ておきたい。
ただし、日本銀行は為替動向だけで金融政策を決める訳ではない。春闘での高い賃上げが、零細企業までも含めた賃上げ率全体にどのような影響を与えるのか、さらに賃金上昇がサービス価格に顕著に価格転嫁されるかなどを確認したうえで、追加利上げに踏み切るだろう。そのため追加利上げの時期は、最短で今年9月になると見ておきたい。
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