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世界経済の中期見通し②:労働が成長の制約に

2024/05/10

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労働力の成長寄与は趨勢的に低下

前稿(コラム「世界経済の中期見通し①:中国経済が世界経済の重石に」、2024年4月25日)では、世界の中期成長率見通しに与える中国経済の影響について検討したが、本稿では、成長率のトレンドに影響を与える要因の一つである労働の投入について、考えてみたい。

世界の実質GDP成長率のトレンドは、2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)を境に低下傾向を辿っている。中期成長率を要因分解すると、2001年~2007年の年間平均実質GDP成長率は+4.2%だったが、リーマンショック後の2008年~2019年の年間平均実質GDP成長率は+3.2%と0.91%ポイントも低下した(図表1)。

この成長率の低下に最も大きな影響を与えたのが、技術進歩、労働者の質向上、資本・労働の効率的な組み合わせなどに左右される生産性を示す全要素生産性(TFP)の成長寄与度低下である。それは0.91%ポイントの成長率低下のうち、0.94%ポイントの押し下げ要因となった。

リーマンショック後の金融機能の低下が、生産性の高い分野への資本、労働の移転を妨げる結果となった可能性が考えられる。また、リーマンショック後の経済の急激な悪化を受けて、政府の経済政策が景気刺激、企業や家計の支援に割かれる中、適切な産業政策の優先順位が落ち、それが生産性上昇率の低下につながった可能性も考えられるだろう。

また、2020年~2023年の年間平均実質GDP成長率は+2.5%と、2008年~2019年からさらに0.74%ポイント低下した。この期間は、新型コロナウイルス問題の影響を強く受けており、また期間が短い点も考慮する必要がある。そのうえで、成長率の低下に最も大きく影響したのは、資本ストックの寄与だ。それは-0.6%程度である。

リーマンショック後の成長率低下で、企業が将来の成長期待を低下させたことや、新型コロナウイルス問題の影響で先行きの経済環境の不確実性が高まったことから、企業が設備投資を抑制したことが背景にあると推察される。

図表1 世界の成長率トレンドとその内訳

労働供給は一貫して世界の成長率の押し下げ要因

ところで、過去四半世紀にわたって、一貫して世界の成長率を押し下げてきたのは労働供給の変化だ。背景には、各国で進む高齢化や人口増加率の低下、あるいは人口減少がある。

1995年から2000年には、労働供給は世界の年間成長率を+0.8%押し上げていた。しかし、2001年から2007年には+0.7%、2008年から2019年には+0.5%、2020年から2023年には+0.4%と、この間に成長寄与は半減している(図表1)。

人口増加率の低下などの人口動態変化は、企業の将来の成長期待にも影響を与える。成長期待が低下すれば企業が能力増強目的の設備投資を抑制し、資本ストックの増加率の低下が実際に成長率を低下させてしまう。従って、2020年~2023年の資本ストック増加率の成長寄与の低下には、人口動態変化の影響も含まれていると考えられる。

国際通貨基金(IMF)は、2024年から5年先までの雇用者数の増加率(年平均)を地域別に予測している。低所得国では雇用者数は年平均+2.1%と高い増加率が維持される見通しだ。雇用増加率は、低所得国が最も高い一方、新興国、先進国と一人当たりの所得水準が高まるに従い、低下する傾向がみられる。そうした中、例外的な見通しとなっているのが米国と中国だ。

米国と欧州連合(EU)を除いた先進国の雇用増加率見通しが-0.1%であるのに対して、米国は+0.5%とかなり高めである。ちなみにEUは-0.5%だ。移民の流入が続く米国は、それによって高い雇用増加率と高い成長率が維持される見通しとなっている(図表2)。

図表2 中期雇用者数増加率見通し(2024年時点での5年予測)

中国では女性の労働参加率低下が成長の足かせに

一方で中国は、雇用者増加率の見通しは-0.6%とかなり低くなっている。15歳以上の生産年齢人口は増加を続ける見通しである一方、生産年齢人口に占める雇用者と失業者の割合、つまり労働参加率が大きく低下し、それが雇用者数を減少させる見通しとなっている。

中国での労働参加率の低下は、主に女性において生じるとみられる。世界銀行によると、中国での女性の労働参加率は、2019年に60.6%と世界平均の40%台後半と比べてかなり高い。中国では男女の平等が、憲法や労働法で明確に規定されている。政府も男女平等を重要なイデオロギーとして強調し、雇用均等などの関連政策を推進してきた。これが、女性の労働参加率が他国と比べてかなり高い理由だった。

しかし、2000年に中国の女性の労働参加率は70%程度であったことから、20年程度の間に10%も低下したことになる。これは、中国が計画経済から市場経済に移行する中で生じたものと考えられる。国有企業の改革による雇用形態の変化、国による新卒の学生に対する就職先決定の制度廃止、進学率の上昇などの影響が大きいだろう。

簡単に言えば、中国が先進国に近づいていく過程で、女性の労働参加率の低下が生じ、それが先行きの成長率の見通しに大きな逆風となっている。

移民や外国人材の受け入れに制限がある中国では、女性や高齢者の労働参加率を引き上げる施策を講じないと、成長率の急速な低下に歯止めをかけることは難しいだろう。

人口オーナスが中期成長率を低下させる

中期成長率を大きく左右する人口動態要因の中で、人口増加率や既に見た労働参加率に加えて注目したいのが、「生産年齢人口比率」だ。生産年齢人口比率は、総人口に占める生産年齢人口(16歳~64歳)の比率であるが、これが低下していくと、より少ない働き手(生産年齢人口)が、高齢者や子供など働かない人(従属人口)を支える傾向が強まるため、年金などの財政支出が増大する。また現役世代の大きな負担となり,経済成長も阻害される。こうした状態は「人口オーナス」とも呼ばれる。

主要国の中でこの比率の低下が早くに訪れたのが、欧州大陸の国だ。ドイツでは1986年、フランスでは1989年にピークをつけ、低下に転じた。それにやや遅れたのが日本の1991年だ(図表3)。

次の大きな山は2000年に入ってからとなる。米国、英国ではいずれも2007年に同比率がピークをつけて低下に転じた。そして中国では2007年に同比率がピークをつけた。

「生産年齢人口比率」がピークをつけるタイミングは、各国で大きなばらつきが見られたが、その後の低下ペースも様々だ。ピークから10年の期間で見ると、米国、ドイツ、フランス、ブラジルでの低下ペースは比較的緩やかであったが、それと比べると、日本と英国での低下ペースは速く、「人口オーナス」の逆風は強い。

ただしそれ以上に急速に比率が低下し、強い「人口オーナス」に陥っているのが中国だ。中国では総人口に占める生産年齢人口の比率が2009年に低下に転じたのに加えて、2022年に人口が減少に転じた。そして、生産年齢人口に占める雇用者と失業者の比率、つまり労働参加率も急速に低下している。いわば、人口動態の面では3つの逆風に同時に見舞われているのが中国なのである。

この結果、中国はまさに世界経済の中期成長率の低下を主導していると言えるだろう。

図表3 生産年齢人口比率の国別推移

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