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地域経済活性化に向けた金融機関の役割

2015年1月号

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人口減少と高齢化の問題が深刻化する中、政府は『「日本再興戦略」改定2014』で地域活性化を打ち出し、構造改革の取り組みを強化している。地域経済を活性化する中で金融が果たすべき役割は何か、なかでも地域金融機関は様々なリソースをどう活用し、どう貢献することができるか、日本総合研究所の翁百合副理事長に語っていただいた。

金融ITフォーカス2015年1月号より

語り手 翁 百合氏

語り手

株式会社日本総合研究所
副理事長
翁 百合氏

1984年 日本銀行入行。92年 日本総合研究所入社。2006年 同理事就任。2014年より現職。産業再生機構、企業再生支援機構に非常勤取締役として参画。規制改革会議委員、税制調査会委員等を兼務。総合研究開発機構 理事。著書に、「不安定化する国際金融システム」、「金融危機とプルーデンス政策 金融システム・企業の再生に向けて」等多数。

聞き手 井上 哲也

聞き手

株式会社野村総合研究所
金融ITイノベーション研究部長
井上 哲也

1985年 日本銀行入行。92年 エール大学経済学修士課程修了。94年 福井俊彦副総裁(当時)の秘書官。2000年 植田和男審議委員のスタッフ。03年 金融市場局企画役。資本市場の活性化に関与。06年 金融市場局参事役。BISマーケッツ委員会等の国際会議の運営に参画。08年12月野村総合研究所入社。2011年10月より現職。著書に「異次元緩和」他。

地域の生産性強化に向けた課題

井上:

政府による地域経済の活性化に向けた動きが活発化しています。本年6月に『「日本再興戦略」改定2014』で重点施策として位置付けられ、金融面でも、金融庁の「金融モニタリング基本方針」の中で地域経済への貢献が従来に増して重視されました。

こうした問題意識の背景にある地域経済の現状をどう見ますか。

翁:

私はやはり人口の問題が一番大きいと思います。

高齢者の人口は減り始めている地域もありますが、多くの地域では2030年に向けて急速に高齢化が進み、東京も2040年頃には厳しい状況になるとみられます。代りに生産年齢人口が減少するので、生産性を上げることが不可欠になります。

中小企業でも、製造業は海外指向が強いのですが、内需型は医療や介護のウエイトが高く、活性化も難しい面があります。中規模都市には製造業の基盤もありますが、全体としては農業が中心で、高齢化が進む中で現状維持がやっとという状態です。

井上:

地域金融の専門家からは、取引先が抱える構造問題を指摘されることが多々あります。例えば、約定弁済を継続できる収益性はあっても、地域の商圏などの関係で業容の拡大が難しかったり、経営者が高齢で新規ビジネスのリスクを取れなくなったりしているケースです。

こうした環境で地方企業の生産性を上げる方策はあるでしょうか。

翁:

難しい課題ですが、ガバナンスの活用が考えられます。

大企業の場合、現在議論されているコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードを活用して、株主によるガバナンスの強化が展望されます。しかし、中小企業の場合は、オーナーや同族が資本を握っており、エクイティによるガバナンスが難しいケースが多々見られます。

銀行は基本的に債権者なので、取引先との間では債権保全が最優先課題となります。しかし、地域金融機関も企業経営者とともに地域経済と運命をともにする以上、どうすれば収益が上がるかを共に考え、選択肢を示すことは可能です。

企業の生産性を上げるというと、とかく「痛みを伴う話」になり、当事者の対応が進みにくい面もあるでしょう。それでも、企業の新陳代謝を進めることの重要性は地方銀行でもかなり意識されるようになってきました。企業再生支援機構から衣替えした地域経済活性化支援機構も、特定支援に当たり「再チャレンジ」の意思を明確に条件付けています。そうでない先には、円滑な退場を手助けすることに注力する訳です。

井上:

地域経済の厳しさに関する議論は既にありましたが、政府の対応が積極化していることをどう理解すれば良いでしょうか。

翁:

アベノミクスの恩恵は、これまでは結果として都市の大企業に現れていたように思います。その意味でも、地方創生に向けた「まち・ひと・しごと」の面での施策が打ち出されたことは良い流れです。今年に入って日本創成会議が人口減少問題を踏まえた地方活性化の議論を行い、「地域経済に目を向けなければ」という機運がかなり高まりました。やる気のある企業や再活性化の可能性がある企業など、地域活性化に資する先を支援するようになって欲しいと思います。


取引先のネットワークをどう活用するか

井上:

日本再興戦略には、地域のお金を地域の活性化のために効率的に回すという興味深い発想がみられます。地域金融機関は「おカネの地産地消」の中でビジネスを展開することが課題となりますが、どのような可能性があるでしょうか。

翁:

例えば、農業と食品加工、あるいは農業と販売の物流企業はしばしば分断されており、それぞれ事業の拡大が制約を受けているので、それらを上手く結び付ける上で貢献することが考えられます。

地域企業の有機的な連携を考えることができる立場にいるのは、自治体と地域金融機関と言って良いでしょう。優れた産品があった場合、どう販路を開拓すべきかといった点について、地域金融機関が能動的に知恵を出し、様々な選択肢を示すことができれば、取引先による新たな事業が展開し、最終的に地域金融機関の収益に繋がる意味で、「win-win」の効果が期待されます。野菜一つを売るにしても、カット野菜にすれば人手不足に直面する大都市のレストランなどに販路が広がりますので、そういう視点から事業を提案することも有効です。つまり、金融機関が取引先の事業を一つ一つ丁寧に考えていけば、様々に可能性のある提案の機会が拓けると思います。その面でも、取引先の財務内容や担保だけでなく、ビジネスの内容や将来性といった事業性を中心に考えることはとても大事だと感じます。

地域金融機関の中でも地方銀行は東京にも拠点を持っているので、地元企業の連携だけでなく、都市部の会社と地域の取引先との連携や、地域の産品の大都市に対する販路の確保といった点でも貢献が期待されます。

井上:

地域金融機関がこうした機能を果たすには、もともと持っている取引先のネットワークが大変有用です。

翁:

そうです。広く知られているように、静岡銀行では、業種別に専門家チームをつくって取り組んでいます。社会福祉法人の介護に強いチーム、食品・農業に強いチーム、それぞれがノウハウを持っていて、「こういう企業との連携が考えられる」とか、「自治体が提供するこういう助成策を活用できる」といった情報やノウハウを取引先に対して提供できるようになっているようです。

井上:

ただ、静岡銀行もこうした体制を築くまでには長年の取り組みがあったと思います。実際、金融機関による「目利き」の重要性が強調される一方で、収益性を考えると思うように経営資源が投入できないという声もあるようです。

翁:

確かに人材の育成は金融機関にとって一番のネックと言えるかもしれません。

しかし、今や介護事業者や温泉旅館といった地域金融機関の典型的な取引先についても、ベストプラクティスや成功事例の情報が多くのチャネルを通じてアクセスできるようになっています。地域金融機関は、こうした内容を理解し、それをもとに取引先に情報やノウハウを提供するだけでも、一段と質の高い貢献ができるように思います。

また、事業再生の現場などで窮境に陥る企業を見ていると、収益管理のような基本的な問題が深刻な影響を与えているケースが少なからずあります。例えば、公共バス事業者の多くが赤字に苦しんでいますが、路線別の収益管理が行われず、非効率な運行が放置されていることが散見されます。私が産業再生機構で携わった先は、収益の管理に加え、給与体系の見直しなどを実行したことで成果を挙げました。このように、基本的な経営管理に関するアドバイスなども、金融機関がもっと力を発揮しうる領域だと思います。

井上:

金融機関が取引先の経営者と相談するテーマとしては、事業承継や業態転換も重要だと思います。

翁:

窮境に陥っている会社の中には、一人の経営者が長期に亘って経営を支配し、ビジネスモデルを変えられないケースが多く見られます。収益でなく業容(売上高)を中心に事業を考えていることも多く、環境変化に対する感度が低くなる結果、長期的には事業に行き詰まるわけです。

以前、「地銀の頭取には、二つの役目がある。経営者にそろそろ代わったほうが良いと諭すことと、事業承継者を探してくることだ」という話を聞きました。地域金融機関はネットワークを活用することで、地域経済に精通した外部の経営者を紹介することもできるはずです。


外部のリソースを活用するには

井上:

翁さんが指摘されたことと関係しますが、金融機関が必要なリソースを全て自前で揃える必要はありません。外にあるものも上手く使う発想が大事であると思います。

翁:

例えば企業再生などでは、金融機関だけでは対応できないことが多々あります。当然、法律や会計面の対応を考える上では、外部の専門家の関与を仰ぐことが必要になります。全国に配置されている中小企業再生支援協議会にも、再生計画の作成を支援してもらうことができます。このように、官民双方の面から金融機関をサポートする体制が整ってきていますので、それらを積極的に活用するのも一つの考え方だと思います。あとは金融機関のやる気と使い方次第です。

井上:

民間金融機関からみれば、公的金融機関とうまく役割分担して連携することも大事になります。

翁:

そうですね。日本政策投資銀行(DBJ)や政策金融公庫などは新しいビジネスへの支援に携わってきました。また、企業再生の分野では、DBJや官民ファンドの場合、メザニン部分に止まらず、エクイティ部分も引き受けることができるようになっています。個々のケースにおいて、民間金融機関と公的金融機関がどのようにリスクをシェアするかを良く考えながら連携することが大切です。

井上:

金融庁の中小・地域金融機関に対する監督指針にも、ファンドの活用が取り上げられています。

翁:

農業に関する金融では、農林漁業者の「6次産業化」事業を支援する農林漁業成長産業化支援機構(6次化ファンド)が作られました。これを受けて、地方銀行は各地域でサブファンドを組成しつつあり、実績も少しずつ上がり始めています。

また、地域金融機関にとっては、外部との連携と言う場合、自治体を忘れることはできません。例えば、取引先が介護ビジネスを行う場合、「コンパクトシティ」でないと生産性が低下します。そこで、地域金融機関は、街づくりの段階から自治体と連携していくことが大切です。そうすることで、取引先の顧客である介護事業者を、従来のように広い地域に点在する状況から、地理的に集約し、ビジネスの効率性を高めることに貢献しうる訳です。


地域金融機関の将来像

井上:

地域経済の将来を考えると、地域金融機関にとってより高いチャレンジになりますが、地元に新しいビジネスを誘致し、根づかせる使命も持っています。

翁:

現在でも、観光などいくつかの分野では、地元発のベンチャーの中にモデルケースと呼びうる望ましい動きをしている企業があります。地域金融機関は、まず、こうしたケースをサポートしていくのがよいと思います。

一方で、地域金融機関がこうしたビジネスのリスクを最初から直接に引き受けるのは難しいでしょう。まずは「つなぎ役」の役割を意識し、取引先が事業を拡大していく際のリスク資金の確保などの面で、スポンサーに関する情報を提供するといったところから始めることは可能でしょう。

金融機関の持株に関する規制緩和によって、今や金融機関も子会社を通じて、例外的には本体でも、エクイティの形でリスクを取れるようになりました。取引先へのエクイティの出し手を見出し難い場合、地元に新ビジネスを育てる観点から、金融機関も少しは自分でエクイティを持つことを考えても良いでしょう。

井上:

取引先のスタートアップ段階で資本基盤を支えるだけでなく、自行の収益性を高める面からも、銀行が取引先の事業成功に伴うリターンに参加しうるようなファイナンススキームが必要という指摘も耳にします。

翁:

事業再生のケースでは、デットエクイティ・スワップを活用することで、再生の成功に伴うリターンの恩恵に与ることができるケースはあります。本当にその取引先が再生可能という絵が描ければ、アップサイドを取りたいというのはメインバンクとしてむしろ当然の指向だと思います。

井上:

地方金融機関の将来を展望する上では、業務地域の実質的な拡大を含む連携にも注目が集まっています。

翁さんが挙げられた静岡銀行のケースを考えると、例えば、各々の地域金融機関が地場産業に関する審査ノウハウを蓄積し、それらをお互いに活用し合えば、多くの金融機関が実質的に多様な業種に関する「目効き」を身につけることも展望されます。

翁:

確かにそれぞれの業種のベストプラクティスには全国に共通するものもあるとは思います。しかし、地域経済にはそれぞれ特色があり、金太郎飴ではありません。

例えば、取引先として主要な業種の一つである温泉旅館をみると、仕入れを幾つかの旅館で集約することで調達費用をかなり抑えられるといったノウハウは全国に共通する面があります。しかし、ある温泉地で廃屋になっているホテルを再建しないと地域全体の観光客が減ってしまうといった問題は、特定の自治体を含む特定の地域の問題です。そういった意味では、ノウハウの共有と地域独自の発想が必要だと思います。

井上:

ただ、ある地域金融機関にとって、ある取引先の属する業種のウエイトが大きくないために、審査ノウハウの獲得に十分な資源を投じることが非効率という場合もあると思います。そうした際に、その産業が他の地域では主力産業であって、そこをカバーする地域金融機関が豊富なノウハウを蓄積しているのであれば、そうした先との連携を通じて、効率的に「目効き」を強化することも可能であるように思います。

翁:

それはあると思います。また、ある地域では縮小均衡となっている業界の取引先についても、地域金融機関同士が提携することによって、地域をまたいだ取引先同士の連携に繋がることも期待されます。将来的には、地域によっては人口が半減するところもあります。そうなると、内需型産業などでは、地域間で連携して一つの持ち株会社にするといったニーズが増加していくように思います。

井上:

地方経済を取り巻く環境は本当に厳しいことが分かりましたが、マクロ的には企業収益も増加に転じたところでもあり、地域金融機関が長期戦略を練るにはよいタイミングかもしれません。

翁:

そうですね。

地方銀行の場合、貸し出しに占める地元企業以外のウエイトが大きく高まっています。中核都市の優良企業に対する貸し出し競争は、地方銀行の収益を厳しくしている原因の一つにもなっています。しかし、各銀行の地元には、地域ならではの産業や企業があるはずです。地域金融機関の取り組み如何が地域産業の将来を大きく左右するだけに、何とか踏ん張っていただきたいと思います。

井上:

本日は貴重なお話をありがとうございました。

(文中敬称略)

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