概要
急速な人口減少が不可避となる中で、地方都市における生産性向上は猶予の無い優先課題である。特に、新しい価値創造(イノベーション)に関する取り組みに関しては、これまでも政府・自治体・企業・大学等の研究機関などが様々な施策・対策を講じているが、地域の有機的な連携(エコシステム)の充実化にはさらに追加的対応の余地がある。ここでは、2025年の地方創生、特にイノベーションにおいて重要な課題(ホットイシュー)になると考えられるトピックを、Global、National、Regionalの3つのレベルから提示してみたい。
攻めと守りの両面から待ったなしの対応を迫られる日本の地方都市
人口減少の加速を背景に、日本の地方都市は守りと攻めの両面での対応を迫られている。守りの面では、これまでの人口規模を前提として構築してきた行政サービスやインフラ等が過剰となり、収支の悪化や老朽化を背景に抜本的な方針転換が必要となっていることは周知の事実であろう。
他方、攻めの面でも、地方都市における豊かな生活を維持するために、限られたリソースでより多くの価値を生み出す「生産性向上」を実現することが必須課題となっている。地方都市における生産性向上のためには、既存の地域資源を活用・転用しつつ、外部の知恵や資源を取り込みながら新しい価値創造(以降、簡易的にイノベーションと呼ぶ)を継続的に起こすためのエコシステム形成が不可欠である。
2015年に政府が公表した「第5期科学技術基本計画」において、企業や大学等の連携とスタートアップ創出強化によって「イノベーションが生み出されるシステム構築」を進めることが目標として掲げられたことも受け、イノベーションのためのエコシステム形成が企業の経営戦略や政府の産業政策の重点テーマとして位置付けられて10年近い月日が経つ。その間、オープンイノベーションの実践、スタートアップを支援する各種制度の整備、スタートアップにリスクマネーを供給する投資機関や事業会社系ファンドの設置、大学等における起業支援プログラムの提供など、様々な主体における取組の例には枚挙に暇(いとま)がない。地方都市の目線で見ると、各地の県庁所在地を中心に積極的な試行錯誤の活動が展開されてきた結果、イノベーションのためのエコシステム形成が一定進みつつあるように見える。その意味では、地方都市のエコシステム形成は1巡目を終えたステージと言えそうである。
2巡目に入る地方創生における2025年のホットイシュー
これから2巡目に入るともいえる地方創生において、2025年のホットイシューになると考えられるポイントを“Global”、“National”、“Regional(Local)”の3つの視点から提示してみたい。
図表1 地方創生におけるホットイシュー概観(Global、National、Regional(Local))
出所)NRI作成
まずGlobalについては、新事業・新産業に関連した海外の「市場」と「金融」と「ルール」へのアクセス確立が課題となろう。市場について、日本は人口減少の一途をたどる一方で、世界は未だ人口増加中であることから、国内だけでなく海外に展開するための活動や支援策は今後より必要となるものの、着実に手を打てている地方都市は数えるほどしかないのが現状である。加えて、大学等の研究機関の研究シーズを活かした新事業については、ビジネスモデルを検討する段階から海外市場を見据えた戦略策定ができなければ事業化が難しいことが多い。また、このような海外市場へのアクセスと対になるのが海外から国内スタートアップへの投資(金融)アクセス獲得である。海外市場における競争力の目利きができ、グローバルに活躍するベンチャーキャピタルやアクセラレーターと対峙・連携する機会を増やし、地方都市発のスタートアップを早い段階でグローバル競争の厳しさの中で成長支援するようなエコシステムを形成することが必要である。最後に「ルール」について。新しい事業創造をグローバル展開しようとした際、いかに事業競争上のコアをブラックボックス化(=クローズ)しながら、市場獲得や競争力確保のための知財確保や規制・標準等のルールメイキング(=オープン)を仕掛けていくか、という「オープン・クローズ戦略」の観点から戦略立案・実行支援をする機能が主要な地方都市に備わっている状態を目指すべきである。このためには、地域の大学・企業が自治体や政府機関と積極的にコミュニケーションを行い、産官学連携によって戦略を構築していくことが求められる。
次にNationalについては、国としての規制緩和やルールメイキング等の施策の促進と、経済安全保障への配慮がホットイシューであろう。新しい事業を創出しようとする際に、既存の法規制や条例等が足かせとなることがあるが、これらを企業側がアクティブに修正を仕掛けていく慣習を普及させていくことが必要である。この際、国だけではなく、地方自治体も重要な役割を担う。例えば経済産業省が2023年に発行した「規制改革ガイダンス1」では、地方版の規制改革推進会議の活用や、規制改革にかかるアイデア提案を募っている自治体が紹介されている。さらには新市場創出のための規制改革や新しいルール作りを志向するオープンなコミュニティである「新市場創出サポートコミュニティ」も紹介されている。このような取り組みを地方都市でも浸透させることは、政府・自治体としてさらに力を入れる余地がある点であろう。加えて、経済安全保障は古くて新しいホットイシューである。米国でトランプ氏の大統領再任が確定し、日本も地政学的なリスクの産業界への影響を無視できない状況となった。特に昨今の日本では、政府が大学や企業への大型研究開発の支援や、スタートアップへの大規模な補助事業を打ち出しているところ、そこで開発された技術や起業した会社そのものが、意図せぬ形で海外へ流出してしまうことで国家安全保障上の問題となるリスクも孕んでいる。この点については、政府も海外展開支援の推進策の中で十分な対策を講じられている状況とはいえないのが実態である。地方自治体による支援制度においても同様に、経済安全保障については同様の危機意識をもって対応をしていくことが求められる。
最後にRegional(Local)については、地方都市において継続的に価値創造が起こるエコシステム形成の充実化を取り上げたい2。これから地域レベルで求められるのは、解像度を一段上げた検討と活動の取捨選択である。例えば、多くの地域で事業創造や産業創生の一端を担う主体として「スタートアップ」が一括りで議論されがちであるが、AI・ブロックチェーン等を活用したSaaS・アプリ分野のスタートアップと、大学等の研究開発を基としたバイオ・製薬やモノづくりを含むディープテック分野のスタートアップでは、事業開発のプロセス、必要となる期間やリソース(≒必要となる外部支援)等が大きく異なる。特にディープテックスタートアップは、競争力の源泉となる技術シーズ(種)を生み出すステージから、スピーディにビジネスモデルの構築を行うステージを経て、大きな事業開発投資により市場を獲得する事業に成長させるステージまで、各ステージを得意とする主体が生み出された事業を「バトンリレー」でつないでいく発想への転換が必要である。その前提に立てば、地方都市におけるディープテック起点の事業創造には、産官学の機能分担と連携が不可欠である。具体的には、学は10年かかる種の仕込み、スタートアップはその種を活用してリスクを追ってスピーディに事業モデルの開発・検証を行い、事業会社(大企業や中堅企業等)が既存リソースを積極的に解放し(あるいはスタートアップをM&Aするなどして)その事業モデルの量産化実現と価値の最大化を担う、行政はこれらのプロセスを円滑化させる環境整備を行う、という機能分担を意識した都市のエコシステム形成を目指すべきであろう。
都市において新しい産業創生の仕組やエコシステム形成が進むには、短くとも5年の期間が必要である。地方都市における人口減少への対応は待ったなしの状況である今、地方都市において価値創造の仕組み構築に重点的に着手することが必要であるといえる。
- 1 「スタートアップの成長に向けた規制対応・規制改革参画ツールの活用に関するガイダンス -みんなの規制対応・規制改革-」
https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230426001/20230426001.html - 2 都市において継続的なイノベーションが起こるための機能要件については、「都市におけるイノベーション創発機能, NRIパブリックマネジメントレビュー (2020年4月号)」、および「デジタルトランスフォーメーションを推進する地方都市のイノベーション創発機能,NRI 知的資産創造(2020年4月号)」も参照されたい
プロフィール
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駒村 和彦
コンサルティング事業本部 社会システムコンサルティング部
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。