概要
昨今の世界的なカーボンニュートラルの潮流は、政策や事業活動の前提になりつつある。一方で、各国の温室効果ガスの排出削減の進捗をみると、将来的なカーボンニュートラルの目標やシナリオと実態が乖離している現状もある。2024年末に発表された第7次エネルギー基本計画案では2040年度のエネルギー需給の想定が示されているが、本稿では2030年度の温室効果ガス排出削減の目標達成の重要性を鑑み、その進捗状況と課題について提示する。
2030年度の温室効果ガス排出削減目標達成の重要性
気候変動の問題は1990年代から国際的な政策課題として議論されてきたが、サステナビリティを重視する機運の中で企業の経済活動と融合し始めたことが、脱炭素の流れを加速させることに繋がってきた。しかしながら、脱炭素への取組みを前進させる起点となっているのは各種補助や規制、カーボンプライシングなどの制度であり、依然として政策的な後押し無しでは、脱炭素へのシフトは進まないだろう。脱炭素を推進していくためには、政策と経済活動が同じベクトルを向いていることが必要であり、そのマイルストーンとして前提となる共通の目標があることは重要である。しかし、その目標が達成されなければ、そのベクトルの信頼性は形骸化する恐れがある。また、企業の国際的な競争力において、脱炭素の推進が重要な要素になっていることを踏まえると、日本として脱炭素の領域において世界でプレゼンスを確立していくためにも、目標を達成することは重要である。
2030年度まで残り5年となり、時間的に間に合う脱炭素の打ち手は限られてきている。目標の達成に向けて、現実的かつ効果的な取組みを選択すべく、2025年は打ち手を精査する最後のタイミングになるだろう。
日本の排出削減の現状
日本が現在国際的にコミットしている温室効果ガス排出削減目標は、2013年度比で46%削減である。日本が基準としている2013年度は、東日本大震災以降の原子力発電所の停止に伴い、二酸化炭素の排出が大きい火力発電が代替したこと等が要因で過去最大の排出(14.1億t-CO2)を記録した年である。その後は再生可能エネルギーの導入拡大と一部の原子力発電所の再稼働などにより、温室効果ガスの排出は年々減少しており、2022年度時点で11.4億t-CO2まで減少している。これは2013年度からの9年間で19%削減に相当するが、目標の達成のためには2030年度までの残り8年間で更に同等以上の削減が必要である。2013年度から2022年度までの年平均削減は3千万 t-CO2/年(-2.1%)であるが、目標の達成のためには、2030年度までの年平均削減を4千万 t-CO2/年(-2.9%)に引き上げる必要がある。
日本で排出される温室効果ガスの9割は二酸化炭素(CO2)であり、CO2排出は主に燃料の燃焼から発生するエネルギー起源が9割を占めている。従って、温室効果ガスの削減とは、エネルギー起源のCO2排出を削減することが主である。
2022年度のエネルギー起源CO2排出9.6億t-CO2の内訳は、発電所などのエネルギー転換部門が44%、産業部門が26%、業務部門が6%、運輸部門が19%、家庭部門が5%となっている。
図1 日本の温室効果ガス排出の現状と2030年度目標の対比
出所)2022年度実績値は国立環境研究所公表の「日本の温室効果ガス排出量データ(確報値)」、2030年度目標は環境省等公表の「日本のNDC」よりNRI作成
最も割合が大きいエネルギー転換部門は2013年度比で22%削減されている。エネルギー転換部門の主は発電であり、日本の排出削減目標に整合する形で現行の第6次エネルギー基本計画において電源構成の目標が設定されている。2030年度の再生可能エネルギーの導入目標36~38%であるが、2022年度の実績は22%程度であり、まだ大幅な導入が必要である。再生可能エネルギーの導入は進んでいるものの、その導入ペースは伸びていない。また、原子力発電の2030年度目標は20~22%であるが、2022年度時点では6%にとどまっており、原子力発電の再稼働が進展しないのであれば、再生可能エネルギーは更に必要になる。加えて、現行の計画の想定では電力需要は人口減少に伴い減少する見込みとなっているが、次期の第7次エネルギー基本計画ではデータセンター等の新たな需要増を見込んで2040年度にかけて電力需要が増加する想定を置いており、需要の増加分もCO2排出を伴わない電源で賄っていく必要がある。
運輸部門は、エネルギー起源CO2の2割を占めているが、2013年度比で14%削減に留まっており、相対的に排出削減が進展していない。運輸部門では動力として燃料を消費しているが、動力源の転換は需要家の設備コストの増大に繋がることが主要因として考えられる。
図2 部門別のエネルギー起源CO2排出量の推移
出所)国立環境研究所公表の「日本の温室効果ガス排出量データ(確報値)」よりNRI作成
2030年度目標の達成に向けて
仮に、従来のペースでCO2排出の削減が進んだ場合、2030年度時点のCO2排出量は7.9億t-CO2となり、目標の7.5億t-CO2に対して4千万 t-CO2程度超過することになるため、現行の排出削減の取組みに加えて、新たな排出削減策が必要であり、政策支援が求められるだろう。
日本の脱炭素政策は、長期的な視点かつ幅広い分野を対象として、先進的な技術開発やインフラ構築を後押しする施策であることが特徴的である。脱炭素へのシフトを日本の産業活性化や競争力強化に繋げていくためには、こうした施策は有効だろう。一方で、こうした施策は必ずしも短期的に効果を顕在化させるものばかりではない。2030年度の目標達成に向けては、実効性のある施策に絞って、集中的にリソースを投下することも必要ではないだろうか。短期的な排出削減の余地として、排出のボリュームが大きいエネルギー転換部門と排出削減が相対的に遅れている運輸部門がターゲットとして考えられる。
エネルギー転換部門の主である発電において、2030年度までに時間的に導入を拡大できる可能性があるのは太陽光である。風力発電は開発に時間を要するため、新たな案件は2030年度に間に合わないだろう。洋上風力発電は今後の再生可能エネルギーの主力として期待されるが、2030年度までに運開するものは限定的となる見込みである。その他の再生可能エネルギーも短期的な開発の余地は限定的である。太陽光発電についても適地への設置が一巡している状況であり、特に生物多様性とのトレードオフが指摘される中で、自然との共生を図っていくことは今後の課題である。こうした課題も踏まえると、太陽光発電は屋根置きや農地などのシェアリングモデルが現実的な選択肢として考えられる。いずれも経済性や手間の面で劣後するため、現時点では普及には至っていないが、ポテンシャルは小さくない。例えば、既存の住宅の太陽光発電の設置率は約1割程度と見られるが、ピーク時の導入件数で2030年度まで導入した場合、設置率は2割弱となり5百万 t-CO2程度の排出削減となる1。東京都など一部の自治体では新築住宅への太陽光発電の設置を義務付ける施策を展開しているが、こうしたものこそ、支援も含めて一歩踏み込んだ政策が有効だろう。
運輸部門に関しては、特に乗用車、貨物車の排出削減余地が大きい。それぞれの主な排出源はガソリン、軽油の燃焼に依るものである。車両に関しては、電気自動車への転換が選択肢として挙げられることがあるが、少なくとも2030年度に向けては再エネ電力が足りない状況であり、短期的に有効な打ち手にならないだろう。短期的に効果が出せる打ち手としては、化石由来の燃料へのバイオ燃料の混合による排出削減である。海外では化石燃料へのバイオエタノールやバイオディーゼルの添加を義務化している地域もあり、既に技術的にも確立している。日本では石油精製事業者に対して、バイオエタノールを加工したETBE(エチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)のガソリンへの混合を一部義務付けている。バイオ燃料の混合割合を上げていくためには、バイオ燃料の調達のみならず、サプライチェーン上の設備の増強や一部車両側の対応も必要となる可能性がある。様々な課題をクリアしなければならないが、導入による効果は大きいと考えられる。例えば、既存の車両でも対応可能な混合率でバイオエタノールやバイオディーゼルを導入した場合、4百万 t-CO2程度の排出削減となる2。
これらの施策は、あくまで一例ではあるが、2030年度の目標達成を目的として、取捨選択によりメリハリのある政策があってもよいのではないだろうか。
- 1 年間の住宅への太陽光発電を導入件数を30万件(2022年度は約20万件)とした場合を前提として試算
- 2 バイオエタノールを3%、バイオディーゼルは5%混合した場合を前提として試算
プロフィール
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稲垣 彰徳のポートレート 稲垣 彰徳
サステナビリティ事業コンサルティング部
2008年株式会社野村総合研究所入社後、新エネルギー普及に対応する事業戦略の検討、環境ソリューション開発支援、カーボンニュートラルに関わる事業機会探索などエネルギー業界に数多く従事。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。