概要
2024年秋に発足した第二次・石破内閣では、あらためて「地方創生」が重要課題となり、「地方創生2.0」として再起動させる方針が表明された。
本稿では、これまでの約10年に亘る地方創生に係る累次の課題・反省等を振り返るとともに、地方衰退の問題構造を俯瞰し、主役を担う地方において、次の10年を展望した地域DXの取組への期待等について論述する。
1.はじめに
2024年秋の第二次・石破内閣の発足を経て、あらためて「地方創生」が重要課題として位置付けられることとなった。新政権では、『地方の未来を創り、地方を守る』、『地方こそ成長の主役』との考え方に立って、地方創生2.0を再起動させる旨が表明されている。
地方創生2.0の展開にあたっては、デジタル・新技術の「徹底」活用といった表現が用いられている。すなわち、地域DX(デジタル・トランスフォーメーション)を進めていくことが重要課題となると思料される。
図表1 地方創生2.0に係る「基本的な考え方」のポイント
出所)内閣官房HP_新しい地方経済・生活環境創生会議(第1回)資料
2.地方創生の振り返りとこれからに向けて
①これまでの10年の評価
政府では、「地方創生10年の取組と今後の推進方向(2024年6月10日)」において、これまでの10年の地方創生に係る取組を振り返っている。この文書における主な論点(抜粋)は下記である。
図表2のように、従前の地方創生に係る取組について、一定の成果を確認しつつも、わが国全体で見た人口問題については、反省する弁が比較的多い。振り返りを踏まえ、今後に向けた取組方向についても論点が整理されている。そのなかには、「(地方創生の取組を加速化・深化する)デジタル活用の更なる拡大」も掲げられている。しかしながら、デジタル化で実現しようとする姿は必ずしも明らかではない。地方創生を主体的に推し進めていく地方公共団体の課題のひとつであると考えられる。
図表2 地方創生10年の取組に係る主な論点
出所)内閣官房HP_「地方創生10年の取組と今後の推進方向(2024年6月10日)」
②これからの10年に向けて
地方創生の狙いの「本質」は、2014年末の地方創生草創期に中長期展望として掲げられた「Ⅰ.人口減少問題の克服(人口減少の歯止め/「東京一極集中」の是正)」と「Ⅱ.成長力の確保」であり、この思想はこれからの10年においても継承されていくであろう。
一方、これまでの10年の振り返りを鑑みても、東京圏への一極集中トレンドや、国全体としての人口減少基調は克服課題として残存している。これからの地方創生2.0では、上記本質的課題に加えて、「地方に雇用と所得」、「新しい地方経済」といった言葉に代表されるような、地方における「しごとづくり」も進める必要がある。
これからの10年に向けて、これらの課題克服を進めていくためには、地方に人が留まる、或いは地方に人が流れ、地方でも生活や仕事が成り立つような、社会システムを地方公共団体の主体的な取組のもとでつくりあげることが重要であろう。そのためには、地方における地域DXを進めることで、「しごと」を育んでいくローカルハブの形成と、ウェルビーイング・コミュニティの形成とが相互連動していくような仕組みを形成していくことが重要と考える。
図表3 デジタル化を活用した地方創生のイメージ
出所)NRI作成
3.地方圏の問題構造
①地域幸福度指標にみる地方圏の特徴
内閣府が提供する全国の地域幸福度Well-being指標のダッシュボードでは、「生活環境」「地域の人間関係」「自分らしい生き方」の3つの観点に対する、住民の主観評価結果を公表している。
地方圏・東京圏の違いに着目した、地方圏の特徴として下記が挙げられる。
図表4 地域幸福度Well-being指標に基づく主観評価の地域比較
- 注) 内閣府の地域幸福度Well-being指標のダッシュボードで公表されたアンケート結果をもとに集計を行った。
・各評価項目について、東京圏(一都三県)と地方圏(左記以外)の主観評価の偏差値で平均値を計算し、[地方圏の主観評価の平均値]-[東京圏の主観評価の平均値]の式で算出した。
・したがって、東京圏のほうが地方圏よりも評価が高い項目はマイナス(-)に振れ、反対に地方圏の評価が高い項目はプラス(+)に振れている。
出所)内閣府地域Well-being指標ダッシュボードよりNRI作成
<生活環境>
- 地方圏で東京圏よりも評価が高かった要素は4つ(自然の恵み、自然環境等)に留まる。
- 地方圏で相対的に評価が低いのは、都市のアメニティに関わる「遊び・娯楽」「買物・飲食」、「初等・中等教育」の教育機会、「移動・交通」「デジタル生活」等である。都会的な施設やサービスの格差が顕著に現れている。
<地域の人間関係>
- 地方圏で評価が高いのは「地域とのつながり」であり、低評価は「多様性と寛容性」であった。
- 相対的に人口規模が小さい市町村が多い分、昔からのコミュニティの紐帯が強く残る反面、それが地域の「多様性や寛容性」に対し、負の影響をもたらしている可能性が示唆される。
<自分らしい生き方>
- 評価項目のいずれも地方圏の評価が低い。
- 暮らしの経済基盤とも言える「雇用・所得」「事業創造」は評価が最も低く、生活の糧を得る手段が少ないことが読み取れる。
- 「自己効力感」も低く、地方圏での機会や可能性の少なさが示されている。
②地方圏の問題構造:「しごと」と「まち」の不足がもたらす構造的悪循環
悲観的かもしれないが、上記から地方圏の問題構造に係るひとつの解釈が浮かび上がる。それはすなわち、図表に示すように、「しごと」と「まち」の不足がもたらす悪循環があるのではなかろうかという考察である。
「しごと」に乏しいこと、および「まち」のサービスや機能が不足していることは、「ひと」の活動可能性に制約を与えるものと推察される。「ひと」の自己効力感の低下や、自分らしい生き方を育むことを難しくし、地方圏からの「ひと」の流出を加速させている。 地方圏では、「ひと」も「しごと」も減るなかで、生み出されるカネ(資本)も乏しいため、「まち」の生活経済基盤をアップグレードすることも難しい、という悪循環の構造があると考えられる。このような構造が、上記(①)に示した地方圏の特徴として表れているものと思料される。
図表5 地方圏の問題構造:「しごと」と「まち」の不足がもたらす構造的悪循環(仮説)
出所)NRI作成
4.地方創生における地域DXに係る基本的な視座
前掲のように、地方創生2.0の展開にあたっては、地域DXを進めていくことが重要課題となる。これからの地方創生に資する地域DXに係る基本的な視座としては、「A:地域の活動や関係性のあり方を変えるサービスとしての地域DX」と、「B:持続的な地域経営に乗り出すための手法としての地域DX」の2つの観点があろう。
A:地域の活動や関係性のあり方を変えるサービスとしての地域DX
A-ⅰ)サービスのオンライン化
このパターンの地域DXでは、移住までには至らずとも、「ひと」が地方圏に移動することや、そこに滞在する可能性を増やすことに資するであろう。
具体的には、「しごと」の多い都会とも、オンライン会議でリアルタイムに繋がれることで、地方圏に身を置き、「しごと」ができる選択肢を増やすことができる。さらに、交通が不便な地方圏においては、インターネットを介して、移動せずとも商品を入手できる、診察を受けられる、教育を受けられるなど、生活環境の面から都会と遜色ない「まち」のサービスを提供することが期待される。
A-ⅱ)サービスのインテリジェント化・自動化
このパターンの地域DXでは、地方圏の「まち」の暮らしやすさを格段に高めることができるだろう。インテリジェントとは、高い知能を有することを指す言葉だが、サービスに付加された場合、情報をまとめて可視化する機能や、それらの情報を他者と共有する機能、さらにはまとめられた情報をもとに、利用者にレコメンデーションを行う、システムが自動で判断を行い、アクションを起こす機能などが想定される。
例えば、地方圏には公共交通不便地域も多く、特に免許返納した高齢者層は、日々の生活の足を確保することが課題だ。例えば富山県朝日町ではこの課題に対し、地域住民同士の相乗りサービス(ノッカル)を通じて公共交通機能が不十分なエリアをカバーし、高齢者の移動の円滑化に努めている。その核心には、住民の間で移動したい人と住民ドライバーを効率的に繋げるためのマッチングアプリがある。
A-ⅲ)サービスの創造
このパターンの地域DXは、地域の抱える複雑な問題を一体として捉え、解決を試みるものでもある。
地方圏で「しごと」が生まれない要因に、域内消費の不振がある。また「ひと」の健康を維持していくための社会保障費や医療費に多大なコストがかかっていることも問題であろう。
これら複雑な問題に対し愛媛県新居浜市では、地域ポイント(新居浜あかがねポイント)の創造を通じた解決が企図されている。このポイント制度は、住民の生活に直結する地元店舗(加盟店)で商品を購入する際に付与される他、市内企業が社員の福利厚生の一環としても付与される(健康診断の受診や、ボランティアなどの指定活動を行った際にも付与される)。ポイントは、地元の商店での消費に使用することができるが、この(バーチャルにしか存在しない)地域通貨が、住民の健康維持と域内での消費活動をつなぐことで「しごと」と「ひと」の問題を同時に解決することを企図している。
図表6 地域の活動や関係性のあり方を変えるサービスとしての地域DX
- 注) 地域DXの3パターンの区分は、船守美穂 “デジタル化とDXの違い”(2021年)学校法人・1月号における三段階によるDXの概念整理をもとに、地域社会の文脈に即して解釈を行った。
出所)NRI作成
B:持続的な地域経営に乗り出すための手法としての地域DX
地域DXは、地域経営システムを変え得る合理的な手法でもある。上述のような地域DXを進めつつ、サービスのオンライン化、サービスのインテリジェント化・自動化、サービスの創造を通じて、地方圏における「まち」「ひと」「しごと」に構造変革を促すこと、すなわち地域経営システムを変えていくことにつながろう。
その第一の特徴として、コストパフォーマンスの高さが挙げられる。確かにサービス導入にあたってのイニシャルコスト、加えて中長期的にはランニングコストも必要となるだろう。しかし、物理的な施設等と比べても、裨益範囲が広く、より多数の人に確実にリーチできる可能性がある。
第二の特徴として、地域の生活や経済を支えるインフラの底上げにもつながることが考えられる。前述の富山県朝日町の地域住民同士の相乗りサービスはその最たる例だ。公共交通空白地域で、公費で新しいバス路線を整備するのではなく、そこを日常的に走る住民のマイカーを「公共交通」と見立てて、誰でも利用できるようにすることで、大きなコストをかけず、地域の交通インフラをつくることができる。
5.共助型地域DXのススメ
これまでの地方創生を振り返っても、その本質的課題である東京一極集中や人口減少基調は継続している。今後の10年の地方創生に向けては、人口減少・市場縮小・財政難の条件下で、地域ごとの自立的な発展が特に求められる。
課題克服に向けて、重要度を増しているのが地域DXの取組である。しかしながら、やみくもに地域DXを進めるのではなく、地域住民及び民間事業者、域外の協力者の力を借りながら、地域の資源を再編成し、それらのポテンシャルを最大限引き出すことで、地域の持続性を高めるような共助型の地域DXを進めていくことが肝要であろう。
そこで「共助型地域DX」をキーワードとして、①リソースマッチングによる共助型地域DXづくり、②ベーシックインフラによる共助型地域DXづくり、③広域経済圏の形成による共助型地域DXづくり、の3つのアプローチを提案したい。
「共助型地域DX」は、財政難のこれからの地方創生の時代に、地方圏における持続的な地域経営の手法として、鍵を握ると言えよう。地域の持続性を高めていく「共助型地域DX」の展開に期待をかけたい。
図表7 「共助型地域DX」に係る3つのアプローチ_仮説
出所)NRI作成
プロフィール
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生駒 公洋のポートレート 生駒 公洋
コンサルティング事業本部 社会システムコンサルティング部
早稲田大学大学院理工学研究科(建設工学専攻・都市計画専門分野)修了後、野村総合研究所に入社。
入社以降、今日まで、主に公共セクターにおける政策形成のパートナー、改革・実現のパートナーとして「①都市・地域 “再生”に関わる戦略・政策・事業の立案(ビジョン提案)」「②政策・事業を支える制度・仕組みの“転換”の提案(制度設計)」「③政策・事業の社会経済効果の“評価”(手法提案・計測)」「④官製市場開拓・地方公営企業再編による“ビジネス創造”」等に大別されるテーマ分野において多様な業務の従事。
近年では、我が国の克服すべき社会課題のひとつである孤独・孤立対策の推進に係る調査・コンサルティング業務に取り組む。 -
岡野 翔運
コンサルティング事業本部 社会システムコンサルティング部
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。