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2024/05/22

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金商法改正の三つの柱

2024年5月15日、参議院本会議において、金融商品取引法(以下、金商法)の改正案が、可決・成立した。資本市場の規律に関する基本的な法律である金商法は、毎年のように改正されているが、今回の改正法の主要な柱は、①「資産運用立国」の実現へ向けた投資運用業者の参入規制見直し、②スタートアップ育成へ向けた非上場株式等の流通をめぐる規制見直し、③株式公開買付(TOB)・大量保有報告制度の見直し、の三つである。

投資運用業者の参入規制見直し

2021年10月に発足した岸田文雄政権は、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義の実現を経済政策の看板に掲げている。その一環として、家計資産等の運用を担う資産運用業の改革を進めるとして2023年9月に打ち出されたのが、日本の資産運用セクターを世界レベルのものにするという「資産運用立国」構想である。

今回の金商法改正の第一の柱とされたのは、この「資産運用立国」の実現へ向けて、資産運用業への国内外からの新規参入と競争の促進を図るための規制の見直しである。具体的には、投資運用業者から法令遵守や計理等のミドル・バックオフィス業務など投資運用関係業務を受託する事業者である投資運用関係業務受託業者の登録制度を新たに設けるとともに、投資運用関係業務受託業者に業務を委託する投資運用業者の新規参入にあたっての登録要件の緩和が図られることになった。

一般に、投資運用業者など金融商品取引業者は、内閣総理大臣(金融庁長官に権限を委任)の登録を受ける場合、登録申請の対象となるそれぞれの業務について、その執行について必要となる十分な知識および経験を有する役員または使用人を確保することが求められる。これに対して改正法は、投資運用関係業務受託業者に投資運用関係業務を委託する場合は、委託業務を適切に監督する能力を有する役員または使用人を確保していれば足りることとした(金商法29条の4第1号の2)。つまり、投資運用関係業務受託業者にミドル・バックオフィス業務を委託する場合は、そうした業務自体の知識・経験を有する役員や使用人がいなくても投資運用業に参入できることになる。

ここでいう投資運用関係業務委託業者とは、改正法の規定に基づいて内閣総理大臣の登録を受けた業者である。登録を受けた投資運用関係業務受託業者に対しては、忠実義務や誠実義務、善管注意義務を初めとする様々な行為規制が課され、法令に違反する行為を行った場合等には業務改善命令や業務停止命令を受けるなど、金融庁による監督に服する(金商法66条の76~66条の89)。

任意的登録制度の意義

もっとも、改正法は、投資運用関係業務受託業者について、「内閣総理大臣の登録を受けることができる」(金商法66条の71)と定めており、あくまで任意的な登録制度が採用されている。言い換えれば、内閣総理大臣の登録を受けて金融庁の監督に服するといったことのないまま、投資運用関係業務を投資運用業者から受託すること自体は、違法ではないのである。

実際、現在でも、投資信託や投資ファンドの運用にあたって、ミドル・バックオフィス業務の一部を外部委託することが行われているし、そうした業務を受託する事業者も存在するが、すべての事業者が新たに登録を受けることを要求されるわけではない。

ただし、前述の投資運用業への参入規制の緩和措置が適用されるのは、内閣総理大臣の登録を受けた投資運用関係業務受託業者にミドル・バックオフィス業務を委託する場合に限られる。このことを投資運用関係業務を受託しようとする事業者の側から見れば、ミドル・バックオフィス業務の知識・経験を有する役員・使用人を確保しないまま、日本で投資運用業を営もうとする新規参入企業を顧客として獲得しようとするのであれば、金商法の規定を遵守しながら金融庁による監督に服することを前提に、内閣総理大臣の登録を受けなければならないということになる。

運用権限全部の外部委託の解禁

今回の法改正では、投資運用業者はすべての運用財産についての運用権限を全部外部に委託してはならないとする従来の規定が改正され、運用の対象や方針を示し、運用状況の管理を適正に行えば運用権限を全部委託することが可能となった(金商法42条の3)。併せて、投資信託の運用について運用指図権限の全部を外部委託することを禁じる規定(投資信託及び投資法人に関する法律12条1項)も削除されることになった。運用権限の「丸投げ」ともいえる業務形態が可能となるのである。

従来、投資運用業者が、例えば外国株に投資するファンドの運用を海外の専門業者に委託するといった外部委託は認められていたが、投資運用業者の最も本質的な機能と考えられる運用権限の全部を外部委託する行為は、金融商品取引業者の禁止行為の一つである「名板貸し」に近いものとも捉えられ、許容されていなかった。

しかし、ファンドの企画や立案といった運営機能に特化し、外部の様々な運用業者を活用して、いわばファンド・オブ・ファンズの運用に特化するというビジネス・モデルを禁じなければならない強い理由はないだろう。今回の法改正で、そうしたビジネス・モデルの採用が可能となる。

非上場株式等の流通規制見直し

金商法改正の第二の柱である非上場株式等の流通をめぐる規制の見直しは、時価総額1千億円超の未上場企業であるユニコーンを100社生み出すという目標を掲げて2022年11月に策定された「スタートアップ育成5か年計画」の一環である。

スタートアップの育成という観点からの非上場株式等の発行市場における証券会社による引受け・販売や流通市場の機能強化をめぐっては、これまでも日本証券業協会(以下、日証協)による自主規制規則の改正など、制度環境の整備が進められてきた(注1)。既に一部の証券会社が、投資のプロである「特定投資家」向けの株式等の私募・私売出しを取り扱うといった動きも現れている。しかし、例えば日証協の規則改正で設立が可能となった非上場株式等の取引を取り扱う私設取引システム(PTS)は、金商法上PTSの運営に求められる認可の要件が厳しいことなどから、まだ実際に開設された例はない。

そこで今回の法改正では、①特定投資家を対象とした非上場株式等の仲介業務に特化し、原則として金銭や有価証券の預託を受けない者について第一種金融商品取引業者(証券会社)の登録要件を緩和する、②取引規模の大きくない非上場PTSの運営を行う場合にはPTS認可の取得を求めない、といった手当てが講じられることになった。

すなわち、金融商品取引業の新たな業務の種別として非上場有価証券特例仲介等業務が設けられ、当該業務のみを行おうとする者に対しては自己資本比率規制、兼業規制、金融商品取引責任準備金の積み立て規制といった規制の適用を除外する登録要件の特例が定められた(金商法29条の4の4)。また、非上場株式等のみを取扱いPTSの運営を安定的に行えなくなったとしても「多数の者に影響を及ぼすおそれが少ないと認められる基準として政令で定められる基準以下」の売買高に留まるPTSについては、一般のPTS開設に必要な認可の取得は求められない(金商法30条1項)。

TOB規制の「3分の1ルール」見直し

金商法改正の第三の柱は、TOB・大量保有報告制度の見直しである。この点については、法改正が検討されることとなった背景や改正の方向性について検討した金融審議会のワーキング・グループが取りまとめた報告書(以下、WG報告書)の内容などを過去のコラムで紹介している(注2)。そこで以下では法改正の内容のうち、特に注目される点を簡潔に紹介したい。

今回の法改正では、上場会社等の株券等所有割合が30%超となるような株式等の買付け等(注3)を行う者に対して、取引所市場の内外を問わず、原則としてTOBの実施が義務づけられることとなった(金商法27条の2第1項1号)。取引所市場外での株式等の買付け等で、上場会社等の株券等所有割合が3分の1超となる場合にTOBの実施を義務づける、いわゆる「3分の1ルール」の適用範囲が、取引所市場内での買付けにも拡大されるとともに、TOB実施義務の発生する閾値が、3分の1から30%に引き下げられるのである。また、既に株券等所有割合が30%を超えている者が、新たに株式等の買付け等を行ってやはり30%超となる場合についても、原則としてTOBの実施が義務づけられることが明文で示された(金商法27条の2第1項1号)。

ほぼそのまま残る「5%ルール」

法改正では、従来の「3分の1ルール」が大幅に改められる一方、取引所市場外で60日間に10名超の多数の者から株式等を買付けて株券等所有割合が5%を超えることとなる場合や既に5%を超えている者が取引所市場外での新たな買付け等によって5%超となる場合にはTOBの実施を義務づけるという「5%ルール」については、従来の枠組みが基本的にはそのまま残されることとなった(金商法27条の2第1項2号)。

TOBの実施義務に係る「3分の1ルール」(法改正の施行後は「30%ルール」)が、取引所市場の内外を問わずに適用されるのに対して、「5%ルール」については、取引所市場の立会取引やPTSでの取引以外の市場外取引で、10名以上の者を相手に株式等の買付け等を行う「特定市場外買付け等」の場合にだけTOB義務が課されることになる。「5%ルール」の適用についてだけ、取引所市場の内外が区別されることに、違和感を覚える向きもあるかもしれない。

しかし、「3分の1ルール」の目的が、支配権取引の透明性の確保や支配権プレミアムの分配であり、この規制がなければ売却の機会が与えられなかったであろう少数株主に売却の機会を与えることを狙いとしているのに対し、「5%ルール」の目的は、買付け等に応じて株式等を売却する株主の保護を図ることであり、両ルールは趣旨・目的が異なる(注4)。WG報告書も、「5%ルール」は、「主として「1対多数」の取引構造により生じ得る提供圧力から(勧誘を受ける)株主を保護する点に着目したもの」であると説明している。

大量保有報告制度の見直し

WG報告書は、大量保有報告制度についても様々な見直しを行うよう提言しており、今回の法改正にはそれらを具体化する規定が盛り込まれている。WG報告書の提言の柱は、①金融商品取引業者等に対する緩和措置である特例報告制度の適用に影響する「重要提案行為等」の見直し、②共同保有者概念の見直し、③エクイティ・デリバティブ取引の取扱いの見直し、④大量保有報告書の提出遅延等に対する積極的な摘発、⑤株式保有割合の算出方法の見直し、⑥大量保有報告書等の「保有目的」等の記載内容・記載方法の明確化と見直し、といったものであった。これらのうち、とりわけ注目されるのは、①、②、③であろう。

第一の「重要提案行為等」の見直しについては、見直しの対象となる「重要提案行為等」が「発行者の事業活動に重大な変更を加え、又は重大な影響を及ぼす行為として政令で定めるもの」と規定されている(金商法27条の26第1項)。したがって、その具体的な内容は今回の法改正からは読み取れず、今後の政令改正で明らかにされることになる。

第二の共同保有者概念の見直しをめぐっては、第一種金融商品取引業者または投資運用業者(証券会社やアセットマネジメント会社)や銀行など内閣府令で定める者が、共同して重要提案行為等を行うことを目的とせずに共同して議決権その他の権利を行使することを合意(政令で定める個別の権利行使ごとの合意に限る)している場合には、共同保有者から除かれることが明確に定められた(金商法27条の26第5項)。これは機関投資家による協働エンゲージメントへの萎縮効果を低減させるよう共同保有者概念を見直すというWG報告書の提言を具体化するものである。 また、形式的共同保有者の範囲を画する「政令で定める特別の関係」から「親族関係」が明確に除かれることになった(金商法27条の26第6項)。

他方、WG報告書は、共同保有者の認定に係る立証の困難性を奇貨として、複数の者が暗黙裡に協調して株券等を取得していることが疑われる事例もあるとの指摘がされているとし、一定の外形的事実が存在する場合には共同保有者とみなす旨の規定を拡充すべきだともしている。この点については、今後行われる政令・内閣府令の改正で対応が図られることとなろう。

第三のエクイティ・デリバティブ取引の取扱いについては、「株券等に係るデリバティブ取引に係る権利を有する者(中略)であって、当該デリバティブ取引の相手方から当該株券等を取得する目的その他の政令で定める目的を有する者」が株券等の「保有者」となることが明確に定められ(金商法27条の23第3項3号)、かつその場合の株券等の数を算出する計算方法が内閣府令に定められることになった(金商法27条の23第3項)。

おわりに

以上概観した金商法改正には、技術的な内容が多く含まれ、規制の詳細が今後明らかとなる政令・内閣府令等に委ねられている部分も少なくない。今回の改正法の施行期日は、原則として、「公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日」とされており(改正法附則1条)、2025年4月1日からの施行が想定される。法改正を受けて投資運用業者の新規参入や非上場株式等を取引するPTSの開設が現実のものとなるのか、TOB・大量保有報告制度の見直しが日本市場におけるM&Aや「物言う株主」の動向にどのような影響を及ぼすのかなど、今後の動向が注目される。

(注1)詳しくは以下の二つのコラム(大崎貞和のPoint of グローバル金融市場)参照。「制度整備が進む非上場株取引市場」(2022年4月22日)、「非上場株のPTS取引が可能に」(2023年7月5日)
(注2)詳しくは以下の二つのコラム(大崎貞和のPoint of グローバル金融市場)参照。「動き出すTOB・大量保有報告制度の見直し」(2023年3月30日)、「TOB・大量保有報告制度等WG報告について」(2024年1月11日)
(注3)「買付け等」とは、株券等の買付けその他の有償の譲受けをいい、これに類するものとして政令で定めるものを含む(金商法27条の2柱書)。
(注4)飯田秀総『金融商品取引法』新世社(2023)232頁参照。

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